第22話
ジューシーな肉汁も甘く味つけられた卵焼きも本当に美味しいというのに、今は思う存分味わう余裕がなかった。
お腹は空いているというのに、不思議と箸は進んでくれない。4人でひなの作ってくれたお弁当を囲みながら、当然のように律の隣をキープしているケイトの存在が気になって仕方ないのだ。
美しい2人が並ぶとまるで絵画のようで、見惚れてしまいそうなくらいお似合いだった。
「律ちゃん、どのおかずが好きなの?」
「玉子焼きです」
「美味しいよね、私もだし巻き卵好きなの」
玉子焼きとだし巻き卵は似ているようで少し違うだろうと思いながら、黙々と口を動かしていた。
チラリと視線を送ってから、美しい2人の姿にまた気分が落ち込んでしまう。
結局お弁当箱に視線を落として、なるべく視界に入らないようにしてしまうのだ。
ここまで露骨に好意をアピールするなんて、麗音ケイトは自分に自信がある人なのだろう。
「……ッ」
勇気を出して律に視線を送れば、ばちりと目が合う。少しでも口を開けば我儘を言ってしまいそうで、キュッと唇を結んでいた。
「蘭子ちゃん、この冷凍グラタン美味しいよ」
「ありがとう」
少し硬めのクリームソースは初めて食べる味わいで、ひなの言う通り美味しいというのに。
あまり喉を通らなくて、美味しさを感じる余裕がないことに気づいた。
「……律ちゃんは私のこと絶対に好きにならない?」
「はい」
「どうして?」
「好きな人がいるので」
たったそれだけの言葉に、耳まで赤く染め上げてしまいそうになる。必死に平常心を保ったフリをしながら、彼女の言葉に耳を傾けていた。
おそるおそる顔を上げれば、やはりこちらをジッと見つめる彼女の姿がある。
「……その人以外を好きになることはないです」
胸がジンワリと温かくなって、同時にキュンと音を立てるのだ。柄にもなくときめいてしまっている。
恐らくこの場に2人きりだったら、彼女の手を取ってしまっていたかもしれない。
吸い込まれるように彼女の瞳を見つめていれば、2人の世界を美しいドールが壊すのだ。
「そういえば、蘭子ちゃん」
今まで接点もなかった年上の女性が、どうして蘭子の名前を知っているのか。
驚いていれば、ドールは続けて不可解な言葉を口にするのだ。
「私、蘭子ちゃんのお姉ちゃになるかもしれないんだよ」
蘭子だけではなくて、律やひなも訳が分からないと言った様子で険しい顔をしていた。
しかし彼女が落とした爆弾は、何も理不尽なものではなかった。
「驚いたなあ。私の兄のお見合い相手が蘭子ちゃんなんて」
カランと、コンクリートの床にプラスチックのスプーンが打ちつけられる音。
落としたのは律で、手元が狂ってしまうくらい驚かせてしまったのだ。
「そうなの、蘭子ちゃん…?」
戸惑ったように声を震わせるひなの目を、真っ直ぐに見つめることが出来なかった。
お見合い相手のリストには複数人の名前が記載されていたが、ろくに目を通していなかった。まさかその中に麗音ケイトの兄の名前があったなんて思いもしなかったのだ。
しかしこの学園に通う生徒の兄となれば、政略結婚の相手として決してあり得ない話ではないのだ。
「それは……」
口元が震えて、上手く言葉を紡ぎ出せない。
律の方を見られず、目線を下げて逃げてしまうのだ。
「蘭子ちゃんって可愛いから、この学園じゃ人気者だけど…異性愛者の蘭子ちゃんは同性を好きにならないもんね」
ここでようやく、麗音ケイトのしたたかさと地頭の良さに気付かされる。
この人は気づいているのだ。
律の想いを知っているから、こちらに釘を制して牽制してきている。
好きになる予定がないのであれば、さっさと律を解放してやれと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます