第21話
教室前に群がる人だかりを、不思議に思いながら入口前で足を止める。
他クラスの生徒まで集まって、ジロジロと教室内を覗き込んでいるのだ。
キョロキョロと辺りを見渡していれば、周囲の人と同じように室内を見つめるひなの姿に気づいた。
どこか心配そうに、何かを一点に見つめている。
「何かあったの?」
「蘭子ちゃん、あれ……」
眩いブランドヘアの女子生徒のことを、蘭子は知らなかった。酷く派手な髪色の彼女は、おそらく顔立ちからして北欧系のハーフだろう。
大人っぽい雰囲気で、読書をする律に何度も声を掛けている。冷たくされてもめげずに、しつこくアタックしているようだった。
「あの人、昨日律ちゃんに告白したらしくて……」
「わざわざ休みの日に?」
「そう、呼び出したんだって。断ったらしいんだけど、諦めてないらしくて…」
ひな曰く、彼女はひとつ年上の
ワンレングスのボブが良く似合っていて、実年齢より大人びて見える。
すらっとした長い足も、メリハリのついた体型も全てが美しく、まるでドールのように愛らしい顔立ちをしていた。
長いまつ毛をぱっちりとカールさせた彼女をジッと見つめていれば、偶然のように目がパチリと合う。
どこか得意げな笑みを浮かべてから、まるで見せつけるように律の長い髪に触れていた。
その手を振り払われれば、ようやく名残惜しそうに教室を後にしていく。
「……なにあれ」
明らかにこちらに向けられた敵意。眉間に皺を寄せていれば、驚いたようにひながこちらを見つめていることに気づいた。
「蘭子ちゃんが眉間に皺寄せてるの珍しいね」
「え……」
1人の女性として、なるべく仏頂面はせずに可愛らしい表情を浮かべることを心がけてきた。自信のある自分でいるためにも、ネガティブな感情はなるべく抑え込もうとしていたというのに。
一体何に対して不機嫌になっていたのか、戸惑っている自分がいる。
「ケイト先輩、今度は筒井さん狙ってるの?」
「みたいだね。前の彼女さんと別れて1ヶ月も経ってないのに」
「けどあんなに美人さんでしたら……ケイトさんだったら可愛がられたいって思いますもの」
側から聞こえてきたクラスメイトの会話に、どこか焦りの感情が込み上げてくる。
麗音ケイトは綺麗系な美人で、蘭子とは正反対だ。
年上ということもあって落ち着いていて、大人っぽくて。
同世代では出せない魅力に、案外律もハマってしまうのではないだろうか。
少しずつ辺りの騒めきも収まってきた頃に、ゴクリと生唾を飲んでから教室に入る。
なんと声を掛けようか必死に考えているというのに、結局しっくりくる言葉が見つからないまま彼女の前に到達してしまっていた。
「律……」
あの先輩のことどう思っているのと、聞きたいのに聞けない。
ああいう綺麗なお姉さんがタイプなのかと、知りたいのに知るのが怖いと思ってしまう。
そもそもこれからお見合いをする予定の蘭子に聞く権利なんてないのだ。
「……ッ」
どうしてこんなにも言葉を詰まらせてしまうのだろう。本来はどうでも良かったはずなのだ。
彼女のことなんて、彼女の恋愛事情なんてどうでも良かったはずだった。
蘭子はただいつも通り必死に勉強をして、次の期末テストで一位を取れたらそれで良いと思っていたのに。
「その……えっと…」
必死に言葉を紡ごうとするが、喉元で詰まってしまう。あんなに言葉を考えていたというのに、結局何も言えないのだ。
「やっぱり何でもない」
一体何をしているのだろう。
気になるなら、聞けばいいのに肝心なところで素直になれずに強がってしまう。
自分でもどうしたいのか分かっているはずなのに、必死に分からないふりをして、本当の気持ちに蓋をしてしまうのだ。
作りすぎてしまったからという彼女の言葉に甘えて、お昼休みの時間に3人で屋上へと向かっていた。
お弁当箱には蘭子が気に入った冷凍食品も詰められているらしく、階段を登る足取りがいつもより軽く感じる。
結局律に対して本当に聞きたい事は何も聞けていないまま、自分の気持ちとも向き合えずにいた。
「ありがとね」
「いいの、冷凍食品ばっかりだし」
「からあげ、たくさん入ってる?」
「もちろん、蘭子ちゃん本当に唐揚げ好きだねえ」
「ちゃんと野菜も食べるんだよ」
蘭子の健康を気遣うセリフを吐いてくれる律に、そっと視線を寄越す。
あんなにも熱烈なアプローチを受けていた彼女は、相変わらず平常心でちっとも気にしている様子はない。
美しい年上の美人に迫られても、簡単になびいたりはしないのだろうか。
「律ちゃん」
ねっとりとした声色で律を呼ぶ声。
3人ともほぼ同時に振り返れば、やはりそこには律にアプローチを掛けている麗音ケイトの姿があった。
頬を引き攣らせる蘭子なんてお構いなしに、当然のように律のすぐそばまで寄ってきている。
「律ちゃん、良かったらお昼一緒に食べない?」
「すみません、先約があるので……」
大きめなお弁当の包みを見て、名案と言ったようにケイトが声を上げる。
甘えるような口調から、彼女が経験豊富だという噂はあながち嘘ではないのだろうと考えていた。
「……良かったら私も混ぜてよ」
「え…」
「お願い、今度スイーツ奢るから」
甘い食べ物に簡単に靡いてしまうほど、皆子供ではない。困ったように俯くひなに助け舟を出したのは、話題の中心人物である律だった。
「……私、先輩とは付き合う気ないですよ」
もしも蘭子が好きな相手からこんな風にバッサリと切り捨てられてしまったら、ショックで暫くの間引きずってしまうかもしれない。
美しい彼女からの残酷な宣告に、ブロンドヘアのドールはちっとも気にしていない様子だった。
「知ってる。けど、会って早々振るのも酷くない?もう少しおしゃべりしてみたいの」
許可もなく律の手を取って、上目遣いをしながら囁く姿は蘭子から見ても可愛らしかった。
「おねがい」
頼み事をしているというのに、ケイトは律の返事を聞かずに歩き出してしまう。
すぐに手は振り払われていたが、手繋をしていた2人の姿が脳裏に焼き付いていた。
どす黒い感情が流れ込んできて、2人から逃れるように目を背けてしまう。
「蘭子ちゃん……」
困った表情というよりは、まるで心配をしているようにひながこちらを見つめていた。
どうしてそんなに心配そうな顔をしているのか分からない中、安心させるように蘭子はまた強がった笑みを浮かべてしまうのだ。
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