第16話
鮮やかな赤色や、繊細な桃色。同じ花でも色の濃さはそれぞれ違って、ひとつひとつに個体差があるのだと気付かされる。
同じワンピース型制服を着込んだ蘭子達御一行は、学校行事の一環で植物園へとやって来ていた。
大型バスで高速道路を用いて1時間ほどの所にあるこの場所は、自然に囲まれていて都会の賑やかさとは正反対だろう。
思いきり空気を吸い込めば、新鮮でさっぱりとしたそれが体に染み渡って酷く心地よい。
芸術鑑賞を兼ねて一泊二日で避暑地へとやって来たが、早速この場所が気に入ってしまいそうだ。
「すごい!綺麗ですね」
「私、あの花が好きです」
綺麗な花々に、辺りから感嘆の声が聞こえてくる。園内全てに彩どりの花が咲き誇っている圧巻さに、自然と口角が上がってしまうのだ。
「蘭子さん、あちらのお花はなんというのでしょうか」
「初めて見るね…サンパラソルだって」
側にあったプレートに書かれた名前は、やはり聞き馴染みのないものだった。
5枚の花びらが重なるように開いていて、淡いピンク色がとても可愛らしい。
「こちらは白色で…こっちはミルキーピンク色らしいですよ。名前まで可愛らしい」
「そんな色味のお花あるんだ」
「新たな発見ばかりで楽しいです」
仲の良いクラスメイトと話しながら、美しい花を眺める彼女にチラリと視線を寄越す。
小柄なあの子と並んでいると身長差があって、彼女の小動物らしさがより際立つのだ。
律とひなが行動を共にするようになって、最初は戸惑っていた周囲もすっかり馴染んでいるようだった。
二人が一緒にいるのは当たり前で、それをとやかくいう声も少しずつ減っていった。
頭の良い者同士で気が合うのだろうと、納得してしまったのだろう。
自然公園内にある植物園は広く、全てを見て回るにはかなり時間が掛かってしまう。
花々を眺めながら、時折あの子の姿を盗み見てしまっていた。
「…綺麗」
摘んでしまうのも勿体無いと思ってしまうくらいの美しさ。浮世離れした美しさで、より筒井律の綺麗さを際立たせているような気がした。
顔を近づけてからスンと花を嗅げば、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……良い香り」
あくまで花を見て、心が表れているのだと何度も言い聞かせる。
皆が美しい花々に夢中になる中、蘭子は視界の隅に映る彼女の存在が気になって仕方ないのだ。
一人一室与えられた宿泊施設にて、優雅なバスタイムを終えた蘭子は羽を伸ばしていた。
日帰りで帰れる距離ではあるものの、学校側の計らいで近くのホテルに宿泊することになったのだ。
何度か家族でも泊まったことがある系列のホテルで、ルームサービスから室内のインテリアなどどれも蘭子好みで酷く気に入っているのだ。
「……伊乃がいないのは久しぶりだな」
いつも付き人である伊乃と同室で行動も共にしているため、一人でいる事に違和感を感じてしまう。
学年が違うため仕方がないが、今日は彼女の手料理は食べられないのだ。
広々としたダブルベッドに背中を預けていれば、途端に睡魔に襲われる。
このまま眠ってしまおうかと考えていれば、扉の向こう側からトントンとノックする音が聞こえて目をパチリと開いた。
「誰……?」
ホテル全体を貸し切っているため、来訪者はホテルのスタッフか生徒や教師などと言った学校関係者だ。
躊躇わずに扉を開けば、そこにはグレーカラーの部屋着を纏った律の姿があった。
シンプルな上下分かれたスウェットタイプで、ハーフパンツから長くて綺麗な足が覗いている。
どこか神妙な顔立ちで、焦りが滲んでいる様子から何かあったのだと瞬時に察した。
「ひな、ここに来てない?」
「来てないけど……」
こちらの返事を受けて、律の顔色が更に悪くなってしまう。
普段感情の変化を表にしない彼女が、ここまで狼狽えているのは滅多にない。
「蘭子に呼ばれたから会いに行ってくるって言ってたんだけど…」
「は…?」
植物園の見学が終わってから、真っ直ぐにホテルの部屋へ向かってからは一度も外出していないのだ。
もちろんひなとは会っておらず、てっきり律と共に楽しくおしゃべりでもしているとばかり思っていた。
「誰に言われたのかは知らないけど…蘭子ちゃんが呼んでるらしいからって言ってたから、もしかしたら嘘吹き込まれたのかも…」
ひなに付けられた敵意が、よからぬ形で浮き彫りになってしまった。
一般家庭の彼女のことを、よく思ってない生徒は一定数存在する。なによりも学園中から憧れられている筒井律と仲の良い時点で、有る事無い事を吹聴されてしまっているのだ。
「探すの手伝う。連絡はしたの?」
「したけど返事がなくて…ここのホテル内は平気だけど、少し山の方に行ったら圏外になるらしいの……!」
辺りはすっかりと夜に更けていて、山奥のせいで街灯だってあまりない。
もしも自然の奥へと呼び出されていたら、連絡を取る事すら不可能になってしまうのだ。
「ちょっと見に行ってくる。律は先生に報告して」
「わかった。私もすぐに向かうから」
自然に溢れたこの場所は夜になれば、気温が一気に冷え込むだろう。
何よりも、今日の夜は大雨の予定なのだ。
ひなへの心配と、悪意のある生徒への怒りを抱えながら、ルームウェアのままホテルを飛び出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます