第14話
ガタンゴトンと線路を走る音に耳を澄ませながら、横並びのシートに彼女と並んで座っていた。
電車に乗ったのは小学生の頃の社会科見学以来で、懐かしさと新鮮さにソワソワしてしまう。
普段は車で送り迎えしてもらっているため、電車に乗る機会は滅多にないのだ。
誘われるままに電車に乗り込んだは良いものの、何駅で降りれば良いか分からずに彼女頼りだった。
きっと隣の車両に伊乃も乗車しているだろうから、万が一乗り過ごしても車は手配してもらえるだろう。
「……あの子はいいの?」
「あの子?」
「ひな」
どうして今その名前が出てくるのか、ちっとも分からないと言った様子で律は不思議そうな表情を浮かべていた。
「桃宮さんと遊んで帰るって連絡きてたから」
「……そうじゃなくて。すごく仲良しだから。側から見たら、私じゃなくてひなを好きなように見えると思うよ」
先程の喫茶店での出来事を思い出して、僅かに語尾が強くなる。イライラしているわけではないが、胸がモヤモヤしてしまったのだ。
「……ひなのことは何とも思ってない。ただ、母親に少し似てるから一緒にいて楽なの
「お母様と…?」
「私の母親も、一般家庭の出だから」
初めて聞く話に、黙って耳を傾ける。筒井家も家柄としては申し分ない家系なため、一般家庭から妻を娶るとは考え難い。
もしかしたら公にはされていない、家庭内だけの秘密なのかもしれない。
「考え方とか、価値観とか…母親を思い出して楽しいの」
何も言えなかったのは、彼女の母親が幼い頃に病気で亡くなっていることを知っていたからだ。
亡き母親を思い出して、大好きだった母親に似た雰囲気の彼女に懐くのは当然のことなのかもしれない。
そうとは知らずに、一方的にむくれていた自分が恥ずかしくなる。
「……だからひなのことは何とも思ってない。母親に対する感情と、恋愛感情は全く違うでしょ」
膝の上に乗せていた手を、包み込むように握られる。パッと顔を上げれば、愛おしげにこちらを見つめる彼女の姿があった。
「……私が好きなのは、蘭子だから」
こんな至近距離で愛の言葉を囁かれたら、恥ずかしくなって当然だろう。ジワジワと染まり始めた頬を見られたくなくて、咄嗟に顔を背けていた。
「蘭子…?どうかした…」
ゆっくりと耳の縁を指でなぞられて、もどかしさから下唇を噛み締める。
逃れようと耳を手で覆い隠せば、おかしそうに律が笑い始めた。
「耳、真っ赤だね」
彼女のことなんて何とも思っていない。恋心だって抱いておらず、恋愛対象にもなったいないはずなのに、気づけばこんなにも翻弄されている。
悔しいことに、胸がドキドキと鳴って煩くて仕方がないのだ。
普段だったら絶対に訪れない、世の中の女子高生たちが喜びそうな可愛らしいカフェテリアに、下町の喫茶店。
リリ奈に連れ回された休日はなんだかんだ充実していて、蘭子もいわゆる庶民の暮らしに興味を抱いているのかもしれない。
フレンチのフルコースやアフタヌーンティーも良いけれど、ゆったりと落ち着いた店内で飲むレモンスカッシュはあのお店でしか味わえない。
楽しい時間を思い出しながら学校へ向かうための通学路を歩いていれば、高い声色で名前を呼ばれて振り返る。
「おはよう、蘭子ちゃん」
眠たそうに瞼を擦っている彼女は、休日に喫茶店でお茶をした佐藤ひなだった。
こんな風に二人きりで歩くのは初めてだというのに、不思議と違和感はない。
「眠そうだね」
「お弁当作るので毎朝早起きしてるから…」
「毎日、料理作ってるの?」
「朝昼晩3食分作ってるよ、大変だけどここの学食高いし…」
同い年の女の子が、自分で材料を集めて試行錯誤しながら料理をしている。おまけに勉強と両立しているのだから、並大抵な努力ではないだろう。
そんな彼女の真面目さと努力家な面に、尊敬の念を抱いてしまう。
「料理が得意なんてすごい」
「得意じゃないよ。冷凍食品ばっかり使ってるし」
「冷凍食品!?」
耳馴染みのないワードに、つい大きな声を上げてしまう。当然、隣にいるひなは驚いたように肩を跳ねさせていた。
「や、やっぱりお嬢様にとっては冷凍食品とかありえないよね…?」
「そうじゃなくて…今日のお弁当にも冷凍食品って入ってるの?」
「う、うん…」
遠慮がちに頷いている、彼女の手を強く握る。
今まで我儘はもちろん、欲しいものは何だって手に入る生活をしてきた。
しかしどうしても言い出しづらく、憧れのままお目にかかれなかった品々も確かに存在するのだ。
「お願いがあるの」
「なに…?」
「一口でいいから、冷凍食品を食べさせてくれない?」
蘭子の一世一代のお願いを、ひなは拍子抜けしたようにぽかんとした顔で受け止めていた。
少女漫画や恋愛ドラマで知識だけは蓄えていたが、実際に食べたことは一度だってないのだ。
「お願い、ずっと憧れてるけど食べさせてもらったことがなくて……」
蘭子が何かを食べたいといえば、付き人である伊乃がさらりと作ってしまう。
使っている食材は最高級なものを使用して、味だって申し分ない彼女の手料理を前に、冷凍食品が食べたいとは言い出せなかったのだ。
彼女の手料理は十分に美味しいけれど、一度芽生えた好奇心は止められるものではない。
クスリと楽しそうに笑った後、ひなが大きく頷いて見せる。
「じゃあお昼ご飯一緒に食べよっか」
「…ッありがとう!」
自然と頬が緩んで、小柄な彼女に心を込めてお礼を言う。
お嬢様として何不自由ない暮らしをしてきたつもりでいたけれど、蘭子が知らないことはまだまだたくさんあるのかもしれない。
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