第12話
落ち着いた雰囲気の店内は、先程のお店に比べたら居心地が良い。
BGMとして流れているジャズも、内装とマッチしていて余計に雰囲気を演出していた。
向かい合ったソファ席に、蘭子の目の前には律が腰掛けている。せっかくの休日に彼女と喫茶店にいるなんて、今までの蘭子だったら考えられなかった。
「ここ、友達のおすすめなの」
珈琲を売りにしている喫茶店らしく、リリ奈に勧められるままブレンドコーヒーを注文していた。
リリ奈とひなはメロンソーダで、律はレモンスカッシュ。各々好みがよく現れていると、運ばれてきたドリンクを前にして考える。
「ひなちゃん、姫昌学園に編入出来るなんて頭良いのね」
「そうかな…?けど、勉強は好きだよ」
勉強が好きだなんて、にわかに信じられない。蘭子も決して苦手ではないけれど、好きか嫌いかで尋ねられれば間違いなく後者だ。
やりたくないけれど、やらないといけないことだから仕方なくやっている。やはり頭が良い人というのは学ぶことが楽しくて仕方ないのだろう。
「……ッ」
運ばれてきたブレンドコーヒーを一口飲み込んでから、あまりの苦さに顔をしかめる。
大人ぶりたくてコーヒーを注文したけれど、本当は砂糖とミルクをたっぷり入れなければ飲めないのだ。
それでも強がってストレートで飲んでしまうのは、筒井律を前にして強がってしまっているから。
散々律と競い合ったせいで、変な所で意地っ張りになっているのかもしれない。
「……私、炭酸嫌いなの忘れてた」
細めのストローでしゅわしゅわとした炭酸を一口飲み込んでから、思い出したように律が声を溢す。
ほとんど口をつけていないようで、少ししか減っていない。
「なんでレモンスカッシュ頼んだの?」
「レモンの文字しか見てなくて…」
「レモネードと思ったってこと?」
おかしそうにリリ奈が笑えば、コースターと一緒にレモンスカッシュの入ったグラスを蘭子の前に置かれていた。
代わりに蘭子の飲んでいたブレンドコーヒーのカップを持っていかれてしまう。
「央咲さんのと交換して欲しい」
「え……」
「珈琲が飲みたいの」
それ以上は何も聞かずに、律は蘭子の飲んでいたブレンドコーヒーに口をつけていた。
訳のわからぬままレモンスカッシュを飲み込めば、しゅわしゅわとした甘酸っぱさが口内で弾けていく。
「……しょうがないわね」
蘭子好みの味わいについ頬を緩めていれば、律のすぐ隣に座っていたリリ奈がニヤニヤと頬を緩めている事に気づいた。
不思議に思いながら眉間に皺を寄せれば、音にならないように「よかったね」と口元の動きだけで伝えてくる。
続けて「優しいね」と言われて、ようやく彼女が何を伝えたかったのか理解した。
これはあくまで予想でしかなくて、確信はないけれど。
律は蘭子がブラックコーヒーが苦手な事に気づいていたのではないだろうか。気づいていたにも関わらず、あえて素知らぬふりをしてドリンクを交換してくれたのかもしれない。
胸がジンっと温かくなって、なんとも言えないもどかしさに下唇を噛み締める。
指摘されなければ、筒井律の気遣いに気づかなかった。
もしかしたら蘭子が鈍感で知らないだけで、頻繁にこうして助け舟を出してくれていたのだろうか。
「央咲さん、顔赤いけどどうかした…?」
すぐ隣に座っていたひなからの指摘に、慌てて首を横に振る。
たったこれだけのことで頬を赤らめて、喜んでいるなんて知られたら間違いなく揶揄われるだろう。
「何でもない。佐藤さんはメロンソーダ美味しい?」
「美味しい…良かったら、央咲さんもひなって呼んで欲しい」
その方が仲良しになった気がするから、と言葉を続ける彼女は、酷く可愛らしかった。
どこかいじらしくて、つい口元を緩めてしまう。
そういうことを素直に言う所が、きっと佐藤ひなの魅力なのだ。
「いいよ、私も蘭子でいいから」
「いいの?嬉しい!」
自分の気持ちをストレートに表現する素直さと、眩しいくらいのキラキラとした笑顔。
きっとこれくらい素直でいられた方が、人生においても生きやすいのだろう。
「ひな、そこついてる」
そう言いながら伸びてきた、真っ白な二の腕。細くて長い指はひなの口元についたアイスに触れて、そのまま拭ってあげていた。
「甘い」
当然のように、それを口元に運んでペロリと舐め上げている。まるでカップルのような自然な動作に、驚きで目を見開いてしまっていた。
そんなの、付き合っている者同士でなければやらないだろう。
「ありがとう」
「もっとゆっくり食べなよ」
「美味しいんだもん」
優しく甘ったるい、ゆったりとした雰囲気。
これで付き合っていないというのだから、本当に訳がわからない。
おまけに律は蘭子が好きだと言っていたくせに、他の女に甘い空気感を醸し出すのだから彼女の意図が掴めなかった。
律が好きなのはどうみてもひなにしか見えない。
僅かにモヤモヤとした気持ちを抱えながらレモンスカッシュを飲んでいれば、口元にパフェ用の長いスプーンを持ってこられていることに気づいた。
「蘭子、アイス食べる?」
スプーンの上に乗ったバニラアイスは、ひんやりとしていて美味しそうだ。
しかし仲が良いとはいえ、今までこんな風に何かを食べさせられたことはない。
不可解な行動を不審に思いながら、差し出されるままにパクリと口に含んだ。
「美味しい?」
「美味しい……」
彼女が何をしたいのか、訳がわからぬまま甘ったるいアイスを味わう。
胸にモヤが掛かったようにどこか晴れない気分のまま、目の前にいる律にチラチラと視線を送ってしまっていた。
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