第11話


 普段の彼女であれば絶対に指定しなかったであろう、若者の集まる街のカフェテリア。


 どこかでお茶をするとなればいつもホテルでアフタヌーンティーをするのが定番だったため、どこかソワソワと落ち着かない。


 店内は賑やかで騒々しく、普段立ち入らないお店の雰囲気に居心地の悪さを感じていた。


 「それ美味しいでしょ?前友達と来た時に気に入ったの」


 言われるままに甘ったるそうなヨーグルトシェイクを飲み込めば、甘酸っぱい味わいで彼女の言う通り美味しかった。


 ブルーベリーの実といちごジャムも添えられていて、初めて食べる食感に頬を緩ませる。


 「今仲良くしてる子達がこういうお店好きで…蘭子も気にいると思ったの」


 桃宮リリ奈はかつて姫昌学園に在学していた女子生徒で、蘭子が一番仲の良かった親友だ。


 高等部に進学するのを機に、庶民の暮らしを知りたいからと転校して行ったが、今もこうして連絡を取っては頻繁にお茶をする仲だった。


 お互いの付き人は、二つ離れたテーブルにて向かい合って座っている。

 黙々とケーキを頬張っているが、あくまで仕事中というスタンスなのか会話は生まれていないようだった。


 「新しい学園はどうなの?」

 「楽しいわよ。姫昌学園の生徒とは価値観も考え方も全然違ってすごく面白い」

 「たとえば?」

 「人にやってもらうことが当たり前と思っていないし…自立心も高いと思うわ。あと、金銭感覚も違うわね。2000円もしないリップを買うか悩んでるの」


 初めて知る世界に、どんどん興味が芽生えていく。

 蘭子の見ている景色とは、また違った世界が広がっているのだろう。


 「限られたお小遣いの中でやりくりするのも新鮮で楽しいの。今までお父様のお金で好き勝手やってきたけど…同世代の子達に比べたら随分我儘だったんだなって、反省もした」


 なぜ慣れ親しんだ姫昌学園を飛び出してまで、彼女が外部の高校へ転校していったのか、今の様子を見ると理解できるような気がした。


 有名なジュエリー会社の社長令嬢として、人一倍責任感の強い彼女だからこそ、早いうちから広い世界を見ようと思ったのだろう。


 狭まった箱庭から飛び出して、身をもって様々な経験をする選択をしたのだ。


 同年代とは思えないくらいしっかりとした考え方に感心してしまう。


 「格好いいね、リリ奈は。流石未来の社長」

 「蘭子だってそうでしょ?長女なんだから」

 「……そうだね」


 一瞬だけ、心配そうに付き人の伊乃がこちらに視線をやっている事に気づいた。

 それに気づかぬふりをして、話題を変える。


 なるべく自然に、怪しまれないように。

 のらりくらりと話題を交わすことは苦手じゃない。


 「共学なんだから、リリ奈は告白されたりしてないの?」

 「……ないわね」


 まるでお人形のように綺麗な造形をしているため、その返答はかなり意外だった。

 共学へ行けば彼氏が出来ると信じ込んでいる生徒も多いが、実際はそんなものなのだろう。


 「蘭子はなにかあった?」

 「え……」

 「今日ずっと上の空だったから」


 付き合いが長いせいで、蘭子の些細な変化にも気づいてしまうのだろう。

 適度に言葉をぼやかしながら、ポツリポツリと自身の身に起こったことを伝えていく。


 「実は…学園内の…昔から知ってるけど特に仲良くなかった子から告白されて……」

 「筒井さんやっと告白したの!?」


 大声を上げたリリ奈の言葉に、彼女と同じくらい蘭子も驚いていた。

 こちらは相手の名前は伏せていたというのに、あっさりと言い当てられてしまったのだ。


 「知ってたの!?」

 「知ってたも何も…分かりやすいじゃない、筒井さん」


 氷の女王はいつも無表情で、全く笑わず社交性もあまりない。そんな彼女のどこが分かりやすいのか、訳がわからずに小首を傾げていた。


 「まあ、それは置いといて……で、付き合うの?」

 「私と筒井さんが?」


 ちっとも想像がつかない未来に、思わず鼻で笑ってしまう。

 蘭子と律はライバルで、どちらかと言えば敵対視していたのだ。そんな彼女と付き合うだなんて、そう簡単に受け入れられるはずもなかった。


 「私と筒井さんが付き合うとか想像できない」

 「そう?結構お似合いだと思うけど」

 「どこが?」

 「蘭子みたいなタイプは、目一杯可愛がって愛してくれる人が合ってるよ」

 「筒井さんがそんなタイプに見える?」


 上級生から下級生までと幅広い年代の女性に告白をされても、顔色ひとつ変えないのが筒井律だ。


 追うよりも、追われる恋をしている方が彼女のイメージに合っている。


 「付き合ってみればいいのに」

 「好きでもない人と?」

 「案外付き合ってみないと、見えない顔もたくさんあるかもよ」


 太めのストローでシェイクを飲み終えて、ホッと一息吐く。

 結局何もピンとこないまま、お店を移動しようと荷物を片付け始めていた。


 「この後どうする?」

 「私、洋服見た……い…」


 席から立ち上がって、中腰の体制で動きを止める。

 滅多に見られない私服姿の彼女は、制服よりも大人っぽくて綺麗だった。


 その隣には当然のように華奢で可愛らしいあの子の姿があって、休日まで二人で会うだなんてまるで恋人のようだと思ってしまう。


 「つ、筒井さん……」

 「え、筒井さん?久しぶり!元気してた?」


 かつての級友である律の姿に、リリ奈は見るからに嬉しそうにはしゃぎ出した。

 コミュニケーション能力が高いため、リリ奈はクラスでも律と話していた方なのだ。


 「桃宮さんこそ…」

 「私はめちゃくちゃ元気!その子は…?」

 「はじめまして、筒井さんと央咲さんと同じクラスの佐藤ひなです」


 つい先日転校してきた彼女のことを、当然リリ奈が知るはずもない。小首を傾げた後、不思議そうに尋ねてくる。


 「こんな子いたっけ?」

 「転校生なの。めちゃくちゃ頭良くて筒井さんと凄く仲が良い」


 姫昌学園に転入することがどれだけ難関か知っているからこそ、興味深そうにひなを見つめていた。


 ふと視線を辿れば、お互いの付き人である杏と伊乃は既に姿を消している。


 優秀な二人は、きっとこちらが気づかない距離から見守ってくれているのだろう。


 「よかったらこれから四人で遊ばない?」

 「ちょっとリリ奈…!」

 「私も筒井さんと久しぶりに話したいし、佐藤さんとも仲良くなりたいの」


 いいでしょ?とリリ奈が尋ねたのは、蘭子ではなくてひなだった。

 嬉しそうにコクコクと頷く姿は、本当に小動物のようで愛くるしい。


 「央咲さんともっと喋りたかったから嬉しい…!」


 そんな風に無邪気に言われて、無下に出来るほど蘭子は冷徹ではない。頬を引き攣らせながら頷けば、更に嬉しそうに声をあげるのだ。


 チラリと律を盗み見れば、黒色のロングワンピースを纏っている。

 Aラインのシルエットがよく似合っていて、ノースリーブなため白い二の腕が映えていた。


 初めて私服をまじまじと見たけれど、新鮮で可愛いらしいと思ってしまったのだ。

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