第8話
目を覚ますのと同時に、ガンガンとした痛みが頭部を襲う。
咄嗟に額を抑えるが、目の奥から生じる痛みに眉間に皺を強く寄せた。
「痛……」
すぐに熱を測るが、どうやら熱はないようだ。思い当たる節といえば、昨日夜遅くまで勉強をしたせいで寝不足に陥っているのだろう。
「どうなさいましたか」
心配そうに伊乃に顔を覗き込まれて、咄嗟にはぐらかしてしまう。
体調に支障をきたすまで勉強をするなんて、咎められる行為であろうという後ろめたさがあった。
最近は連日の寝不足で、睡眠時間が足りていなかったのだ。
「……なんでもない」
「しかし……」
「早く髪を結って」
正直に今の状態を告げれば、間違いなく伊乃は学校を休ませるだろう。これで欠席をすれば、1日分授業に遅れを取ってしまう。
決して自分が天才ではないと自覚があるからこそ、それだけは避けたいあまり無理をしてしまったのだ。
一定のリズムでガンガンと痛む音は、まるで警告を告げるアラーム音のようだった。
授業を受けている最中、やはり休めば良かったと後悔するがもう遅い。
ちっとも集中出来ず、先ほどから教師の言葉が耳に入ってこないのだ。
それでも必死についていこうとするが、段々と睡魔も襲い始めて授業が身に入らないのだ。
「ここ、央咲さんわかる?」
俯かせていた顔を上げれば、数学教師が黒板に書かれた数式を指差している。
「えっと……」
必死に思考を張り巡らせるが、こんな体調ではろくに頭が回るはずもない。
話を聞いていなかったせいで、どうすれば答えに辿り着けるのか分からないのだ。
暫くの沈黙が続いてから、正直に答える事しかできない。
「えっと……すみません、分からないです」
蘭子であれば答えられると思ったのだろうか、教師は驚いたような表情を浮かべていた。
勉強のし過ぎで授業に集中できないなんて本末転倒だろう。
授業中に当てられて答えられないなんて、蘭子らしからぬ態度に教室がどよめいているのを肌で感じていた。
まだ梅雨を迎えていないにも関わらず、今日に限って雨なのだから蘭子は本当に運が悪い。どんよりとした低気圧のせいで、更に頭痛が増しているような気がした。
雨の下では運動をすることは出来ないため、この日は体育館でバトミントンのラリーを2人1組で行っていた。
当然こんな体調では上手く体を動かすことが出来ず、先ほどからシャトルを床に落としてばかりいる。
早く終われと心の中で唱えていれば、清楚で可愛いらしいあの子から声を掛けられた。
「央咲さん」
体調が悪いせいで、眉間に軽く皺が寄っている自信がある。
彼女は何も悪くないと言うのに、これではまるで敵対視しているようだ。
「今度、私のお気に入りのカフェに律ちゃんと行くんだけど…良かったら央咲さんも来ない?」
「は…?」
どうして蘭子を誘うのか、彼女の意図がちっとも分からない。
「どうして私を誘うの…?」
「人数は多い方が楽しいし…私も央咲さんと仲良くなりたい」
素直でまっすぐな言葉に、柔らかい雰囲気。なるほどと、一人で納得してしまう。
この優しさに、律は癒されるのだ。汚れを知らずに純粋無垢な愛らしさは、生まれ持ったもので後付けできる物ではない。
自分にはない人としての清らかさを持つひなを前にして、無性に寂しさとやるせなさを込み上げさせていた。
「二人で行って来なよ」
「でも…」
「筒井さんも佐藤さんと二人きりで行きたいんだから、察してあげて」
きっと向こうはデートのつもりだろうから、蘭子が来れば露骨に嫌な顔をするに決まっている。
「私がいたら邪魔でしょ」
自分で言っておきながら、寂しさからジクジクと胸が痛む。それに気づかぬふりをして、立ち去ろうと足を踏み出せば、ぐらりと視界が歪み出す。
まずいと思った時にはもう遅く、ゆっくりと目の前が暗くなって、そのまま体の力が一気に抜けていく。
体に痛みが走ったような、衝撃音が走ったような。
確信的ではなく、そのような気がするのは、何かを感じ取る余裕もないからだろう。
真っ暗な視界の中で、ようやく楽になれると思うのだから蘭子はかなり追い詰められていたのかもしれない。
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