第2話


 一番前の廊下側の席で、一人黙々と小説を読んでいる女子生徒。長いロングヘアに、真っ白でちゅるんとしたおでこが見えるように前髪は斜めに流されている。


 スタイルも良くすらっとしているため、上級生は勿論中等部にもファンは多いらしい。


 絶対に負けない無敵の女。運動も勉強も、彼女にだけは敵わない。


 「蘭子さん、難しい顔してどうされましたの?」

 「なんでもない。あれ、そのアクセサリー初めて見た」

 「わかります?昨日お父様と外食に行った時買ってもらいましたの」


 そんな筒井律に優っている所といえば、社交力くらいだろうか。

 友達も多く、人当たりの良い蘭子と違って、律はいつも無愛想に一人でいることを好んでいる。


 「…今日も筒井さん綺麗だよね」

 「……そうだね」


 筒井律は美人なため、褒められる時はいつも綺麗という言葉だ。

 蘭子だってそれなりに整った容姿をしている自信はあるが、綺麗と褒められたことはない。


 「可愛い」と褒められてばかりで、「綺麗だね」と言われることは殆どないのだ。

 別に構わないけれど、綺麗系な大人な女性に憧れていることもあって彼女を羨んでしまっていた。






 器用にフォークを使いながら、付き人である伊乃が作ってくれたパスタを平らげる。お昼休み中多くの生徒は学食にて胃袋を満たしているが、蘭子は伊乃の作ったご飯が好きなのだ。


 料理の腕は一品で、わざわざ授業合間に寮に戻ってきては、彼女に手料理を振る舞ってもらっていた。


 「美味しい」

 「ありがとうごぜいます」


 学園側も多額の寄付金を貰っているためか、学年やクラスが違っても相部屋になるよう配慮してもらえる。


 付き人やメイドとして務めている生徒とは相部屋に、またライバル企業同士の娘たちは絶対に違う部屋にするなど、だ。


 ふたつ年上とは思えないくらい、藤原伊乃は大人っぽい。落ち着いていて、蘭子のことを身を挺して守ってくれる姿は酷く格好良く頼もしいのだ。

 

 「そういえば、伊乃は大学はどこへ進学するの」

 「内部進学をする予定です。お嬢様が進学する大学へ、2年後に編入致します」


 この世に生まれた瞬間から、藤原伊乃の人生は央咲家の人間に仕えると決まっている。拒否権や選択肢はなくて、そこに彼女の意思は関係ない。


 文字通り人生を央咲家の人間に捧げて、仕えることが義務付けられているのだ。


 「……そう」


 本音を言えば、彼女には自由に生きて欲しかった。進学先や就職先も全て自分の意思で選択させてあげたいけれど、蘭子にはどうすることも出来ない。

 まだ子供の蘭子の言葉には誰も耳を貸さないのだ。


 もしも蘭子が彼女を手放そうとすれば、藤原家の人間は伊乃が解雇されるような失態を犯したのだと彼女を責めるだろう。


 「……はあ」


 両親から愛を目一杯注がれて、酷く大切にされている自信もあるけれど、時折こういったしがらみが面倒くさく感じてしまうのだ。


 何不自由ない暮らしをさせてもらっている自覚はあるが、窮屈さは否めない。


 「そういえば、リリ奈様からお手紙が届いておりました」

 「本当?」


 一枚の可愛らしい便箋を渡されて、嬉々として受け取る。SNSでもメッセージのやり取りはしているため近況は知っているが、やはり手紙だと何処か特別感が増しているような気がしてしまう。


 桃宮ももみやリリ奈は中等部まで在籍していた同い年の女の子だ。

 一番仲が良かったというのに、どういうわけか高等部へ進学するのを機に、彼女は他所の高校へ転校して行ってしまった。


 お嬢様学園ではない、いわゆる普通の高校。

 本人曰く社会勉強をしたいそうだが、慣れしたんだ環境を捨てて飛び込んだリリ奈の気持ちは理解できない。


 「この人たちが新しい友達ね。咲さんに美井さん…二人とも可愛い」


 中には写真が同封されていて、見知らぬ女子生徒と共に楽しげに笑っている様子が映っていた。


 「……ねえ、伊乃」

 「なんでしょう」

 「一般家庭の方と私たちはどう違うの?」

 「金銭感覚の違いや、物事の考え方もかなり異なるかと」

 「たとえば?」

 「……口で言うのは難しいです。リリ奈様のように、実際に交流をするのが一番だと思います」


 写真の向こうで微笑んでいる友人の姿をじっと眺める。

 庶民の世界がどんなものなのか、この学園に閉じ込められている蘭子が知るはずもない。


 どうしてリリ奈がこの学園を飛び出したのか理解できないけれど、何となく分かるような気もしてしまうのだ。



 

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