ミルキーピンクな恋をして!

ひのはら

第1話


 どれだけ努力をしても絶対に敵わない存在。

 ペンだこができる程シャープペンシルを握りしめても、必死に英会話教室に通っても彼女にだけは敵わない。


 万年2位の女。

 それが央咲おうさき蘭子らんこに与えられた名称だ。


 初等部から姫昌学園に在籍して早10数年。

 絶対に揺らがない頂点である筒井つついりつという女子生徒は、蘭子にとってすっかり疎ましい存在になってしまっていた。




 朝起きて真っ先にすることはストレッチだ。

 長時間横たわっていた体を優しく解してあげてから、寝室を出てスキンケアを済ませる。


 そうして全身に日焼け止めを塗ってから、初めて遮光カーテンを開くのだ。

 途端に眩い光が室内に流れ込んで、心地よい眩しさに目を細める。


 本当は起きてすぐにでもこの光を感じたいけれど、自慢である白肌をキープするためには我慢するしかない。


 「蘭子様、朝食のご用意が出来ました」

 「ありがとう」


 同室者であると同時に、専属の付き人である藤原ふじわら伊乃いのは料理上手で、蘭子は学食ではなく部屋で食事をするのが日課になっていた。


 姫昌学園は初等部から大学までを一つの敷地内で運営していて、その敷地面積は都内有数。


 中等部からは全寮制で、蘭子も気付けば4年近くこの学園で幽閉された日々を過ごしていた。


 勿論申請を出せば気軽に外出は出来るが、都心から離れているため多くの生徒は長期休み以外引きこもっているのだ。


 「お時間がないようですので、お食事の最中に髪の毛を整えましょうか?」

 「おねがい、そういえば頼んでたリップ届いた?」

 「本日中には届く予定です。明るめの赤色ですし、きっと蘭子様に似合いますよ」


 長く明るいブラウンカラーは地毛で、蘭子のチャームポイントでもある。

 

 毎日コテでくるりと巻いてもらってから、高い位置でツインテールにしてもらうのだ。


 目元に掛かるくらいの前髪は軽く巻いてもらって、化粧を済ませてしまえば好きな自分が完成する。


 この姿が一番、自分に自信を持つことが出来るのだ。


 「……中間テストの張り出し、今日よね」

 「はい。今回は校舎を入ってすぐの通路前に張り出されるそうです」

 「…今度こそ私が一位に決まってるんだから」


 膝丈のワンピース型制服を着込んで、キュッと胸元のリボンを締める。

 最後にお気に入りの香水を手首につけてから、蘭子は意を決して付き人の伊乃と共に寮の自室を後にした。






 全国のお嬢様が集まる学園と謳われているのが、蘭子の在学する姫昌学園だ。


 噂通り在学生の両親は皆それなりの地位についている立場のもので、金銭的に不自由のない暮らしを送っている。


 同じ学園内に付き人兼メイドを通わせているものも多く、蘭子もふたつ年上の藤原伊乃に日々世話になっているのだ。


 代々藤原家の人間は央咲家の人間に仕えていて、伊乃も幼い頃から付き人としての英才教育を叩き込まれてきたらしい。


 「今回のテスト、自信はあるのですか?」

 「当たり前でしょ。何十時間勉強したと思ってるの」

 

 広い敷地内をゆったりとした足取りで歩きながら、テスト前の徹夜漬けの日々を思い出してげんなりしてしまう。


 中間テストなため科目数は少ないが、毎日睡眠時間を削ってまで必死にペンを走らせた。そのせいで肌荒れを起こしてしまったのだから、睡眠不足もあってすっかり気が滅入ってしまっていた。


 これも全て一位を取りたいから。

 そのためにはまず、蘭子は倒さなければいけない相手がいるのだ。


 「…着きましたね」


 人がザワザワとごった返していて、勿論皆の目当ては中間テストの成績発表。

 恐る恐る視線を上げてから、今更ながらに胸が嫌な音を立てていることに気づいた。


 強がっていたけれど、本当は昨日の晩からずっと緊張していたのだ。


 「……ッ」


 一位の欄を見て、悔しさからギュッと下唇を噛み締める。

 酷く悔しくて、やるせないのと同時に、またかと思っている自分がいた。


 あんなに沢山努力を重ねたというのに、心のどこかではあの女に敵わないことを察していたとでも言うのだろうか。


 「今回も一位は筒井さんですね」

 「本当にすごいです!初等部からずっと一位ですよね?」

 「憧れますわ。あんなに美しく気高で…おまけに聡明なんて」


 背後から聞こえてくる黄色い声に、更に胸の奥がズシンと重くなるのを感じていた。


 蘭子が長年ライバル視して、疎ましくて仕方ない存在。

 筒井律という女子生徒はいつも一位で、試験は勿論運動テストですら敵わない。


 彼女がいるおかげで、蘭子は初等部からずっと万年2位という烙印を押されているのだ。


 「蘭子様」

 「……次こそは負けないんだから」

 「その心意気です」


 「次こそは」を繰り返しているうちに、気づけば10年近い月日が経過していた。

 初等部からずっと彼女の背中を追いかけて、前に出たことは一度たりともない。


 それが実力と言われれば何も言葉が出てこないけれど、欲のある人間であれば疎ましく思って当然だろう。

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