第三話 転生事業最大手の長

 

 個室の扉を開け、中に居たのは金の長髪の女性、敏腕キャリアウーマンといった感じのピシッとしたスーツにスラックス。

 だが彼女自身は緩い空気を纏ったちぐはぐな存在がそこにはいた。


 酷い匂い、と称したのはこの煙草だろう。

 俺の煙草は基本的に無臭、だがある種族だけには臭く感じる煙。

 それが神だ。


「どうせお前が知恵貸したんだろ、『希望の世界』社長、ルミエール・ストレンジャー」

 そう、この女は天国における転生事業の約八割を担う『希望の世界』の社長であり、女神だ。


「いやぁ、可愛い子のためには私も少しくらい知恵を貸したくなるものさ」

「どっちかというとシャルはカッコいい寄りの方で人気だけどな」

「それもあるけど……君に関することで動く彼女は可愛いよ?」

「知るかよ、んなこと」

 よく俺の目に写るのは同姓に告白され、異性に嫉妬されるシャルだ。

 お陰でシャルの男の友人は俺とその他数人しかいない。


「冷たいなぁ~、もしかして君、モテない?」

「本題に入る」

「そんなに急ぐことないじゃないか!私のことそんなに嫌い?せめて君のご飯が来るまで」

「失礼します、お食事をお持ちしました」

 雑談でも、と言いたげだったが店員の言葉に阻まれる。

 個室の扉が開き、昼にも食べた二品と二人分の珈琲が配膳され、店員は退出した。


「残念だったな、俺は毎食ほぼ同じ時間帯にここに来るから店員の動きが早いんだ」

「つまんないの、たまにはお姉さんと雑談しよーよー」

「うるせぇ、腹黒女神。てめぇが何考えてるのか聞くために俺の一人の時間を割いてんだ。早く口を割れ」

「せっかちは嫌われるよ?」

「それは良いな。てめぇには俺の事を嫌いになってくれると助かるよ」

「ユウキ君」

「あ?」

「だーいすき!」

「ウゼェ」

 何故ここまで好かれているのか、それは転生後の第二の人生を終えた後に遡る。




 ◇◇◇




「君達~、私のところで働かない?」

 転生先での生涯を終え、天国三番街と四番街の境界線にある転生門より天国に来たユウキとラミィ……スペリオーレの支配人はすぐにこの女に勧誘された。


「君達みたいなのは珍しいんだよね、是非ともうちで欲しい人材だ」

 その答えに対して俺は


「断る。俺にはやりたいことがある」

「……つれないねぇ。君、もしかして私の事知らない?……って知らないか、ならば教えてしんぜよう!私は!」

「ラミィ、行くぞ」

「畏まりました」

「ちょっと!?」

 こんな最悪に近い出会いだった。

 ルミエールとしても断る人間は今までいなかったため、俄然興味が湧いた、とのこと。


 それから神の権限で無理矢理連絡先を携帯端末に登録させられ、度々連絡があり、あの手この手で勧誘してきたが俺はいつまでも首を縦に振ることはなかった。


 そして、シャルロッテを利用することでついにこの女…ルミエールの望み通り『希望の世界』に雇われることになってしまったのだった。




 ◇◇◇




「いやぁ、好都合だったよ、彼女が『君と一緒に働きたい!』って言ってくれてとてもやりやすかった」

「総会を利用するなんて事シャルが思い付く筈がねぇ。やっぱり腹黒の仕業か」

「君には特別に名前で呼ぶことを許してるのになんで呼ばないの?」

「自分の腹に聞いてみろよ、自称、全知全能」

「私が可愛すぎて緊張しちゃうのね!」

「やっぱ頭の中空っぽだわこの堕女神」

『キャー、私ってば罪な女』と俺の言葉を無視して勝手に喜んでる女神は無視していい加減話を前に進めよう。


「で、シャルは全部門担当にしたいって言ってたがそうするのか?」

「……ホントつれないなぁ……まぁいいや。うん、そうだね。君はシャルちゃんとは反対の闇属性寄りの光以外全適正持ちってことにしようと思う。闇属性も使えなくはないけど彼女の弱い面だからちょうどいいね」

 勇者にも色々ある。

 火属性しか使えない者、全属性使えるが中級レベル……一般の魔法使いでも努力すれば二属性くらいなら上級へと至れる事から平凡よりほんの少し劣る魔法使いに前衛適正を付けたような者が大半。

 ちなみにシャルロッテは闇以外の全属性が上級以上、光にいたっては神級……下級、中級、上級、天級、神級という格付けの中で頂点に至る階級だ。

 そして神級まで至った勇者は数少なく、それに加えて彼女には強力な固有魔法がある。

 人類最強という言葉は彼女のためにあるような言葉だ。


 俺は光以外の全属性に適正があってその中でも少し闇属性が得意なだけ、凡庸魔法はそんなに得意じゃない。


「俺は凡庸魔法には明るくないぞ」

「いや、君以上に使える人はそんなにいないんだけど……まぁいいや、その点は問題なし!君には基本六属性と回復魔法が上級レベルで使えるグリム君か万能枠のシャルちゃん付けるから、ていうか君はシャルちゃんのサポートが主だね」

 それは……人員を増やした意味があるのか?


「如何せん、シャルちゃんって感覚派だからさぁ、同種の人間には教えられるけど理論派の子には適さないんだよね、先生として」

「あー……まぁそうだな」

 シャルロッテは感覚派かつ天才肌、一目見ただけで模倣したりほんの数分だけ目を離した隙に新魔法を編み出したりと理解の外にいるような存在だ。

 例外の教えをその通りに実現できるのは同じ例外だけ、なるほど、シャルは教師としては半人前のようだ。


「君は理論武装派でしょう?絶対君は向いてると思ったんだよねぇ、なのにずっと誘いに乗ってくれなかったよね」

「優先事項があったからな」

「ホテルの経営したりなんか色々やってるみたいだね」

「邪魔するなよ?」

「しないよ~、今のところ君がやってることは法に触れてるわけでもないし、むしろ一番街でその地位を築けた人間は滅多にいないよ?」

 そう、どの部門でも殆ど例外無く企業の長は神だ。


 何故なら永遠を生きる存在だから。

 何故ならその財に限りはないから。


 神は人を飼い慣らす、だがそれは遊興のため。

 神にとってこの世は遊び場、転生させるのも面白いノンフィクションの物語を見物するため。


「最終的にも……どうやら君は彼女に」

「それ以上喋ったらそのベラベラとよく回る口を潰すぞ、女神」

 ピシッと何かにヒビが入るような音が聞こえた。

 二人の間の空気が重くなる。


「へぇ?面白いね、久し振りに君の固有魔法が見れそォ?」

 瞬間、彼女の頭はあかい花を咲かせて弾け飛んだ。


「警告はしたぞ」

 周囲には血肉が飛び散り、目の前には首無しの女神。



 だがこの程度でルミエールは死なない。


 女神の身体がユラユラと頭を探しているかのように揺れる。

 そしてその揺れが突然ピタリと止まる。


 ゾワッと背筋に冷たい、ドロリとした液体が流し込まれたようななんとも気色が悪い感覚の後、周囲の血肉が巻き戻されるように女神の頭部があった場所へと戻っていく。


 そして数秒、無傷のルミエールがそこに座っていた。


「酷いなぁ、レディの扱いは丁重に、だよ?死んじゃったらどうするのさ!」

「これで死ぬようなら、俺とシャルで全ての神を片付けられる」

 神はそれぞれ何らかの強みがある、だが基本的に共通している事、それは無限に近い生命力を持っていることだ。


 頭を潰された程度、心臓を貫かれた程度、下半身が無くなった程度……そう、全て程度・・で終わる。

 ついでに衣服や周囲環境まで再生する余裕のある者も少なくない。


「今のどれくらいの力でやったの?」

「最大出力の三割ってところか。頭しか潰す気がなかったから集束させればこんなものだろ」

「フフフ、全力で全身を潰しにかかれば死ぬかもよ?」

「やめろ。てめぇの物差しにわざわざ俺の全力を置かせてたまるか」

 この女神、会うたびに俺を挑発して攻撃を誘ってくる。

 そして全てわざとなんの防御もせずに受けるのだ。


 自分は絶対に死なない、人間程度に殺せる筈がない。

 その考えが根幹にあるからこんな事が出来る。


「……と、まぁ感覚は鈍っていないみたいだね」

「転生前のひよっ子共に俺が負けるとでも?」

「慢心は良くないよぉ?」

「そっくりそのままてめぇに返してやるよ」

「神さまは慢心しているくらいがちょうど良いのよ、ちょっと勝てそうだな、くらいに思わせておく方が私としても面白いしね!」

「クソみたいな性格だな、てめぇにはいつか肥溜めに入って貰おう」

「そんなローテクなもの天国にはありませぇん♪」

 ……いつの間にか汚い会話になったな、飯が不味くなる。

 食べ終わってて良かったよ。


「……あれ?君、早すぎない?五分も経ってなくない?」

「昔っから食べるのは早かったからな。それこそ転生前からの話だ」

「ふーん……ま、そっちの方は私も聞き出そうとは思わないけどね」

 この天国にも法はある。

 そしてその中でも天国特有とも言える刑罰の一つが転生前情報供述強要罪だ。

 相手が自ら話す分には何も問題はないが聞き出そうとするのはこの世界ではご法度、司法を司る神の使いである天使のお迎えが来る。

 その後は……想像にお任せしよう。


 ただ、一度だけ連れていかれた奴を見たが……その後一度も姿を見なかったなぁ、って。


 無論、この法は神にも適用される。詮索を避けたいときには前世の事だ、と前置きをすると回避しやすいのだ。


「じゃ、明日の10時に転生門に来てね。全職員集合予定だからそこで挨拶と共に最初の仕事を与えるから」

「了解しましたよ、腹黒社長さま」

「敬ってるのか貶してるのか知らないけどさ、私の信者もいるから気を付けなよ?」

「それくらいは分かってる。基本的に俺は面倒な事には触れない主義だ」

「ハハ、本当にそうかな?実際には君は心に熱いものがある子だと思うよ」

「……知らねぇなぁ」

「まぁ優しい女神様は深掘りをしないであげよう!今後とも仲良くしようね?」

 手を差し出された、弾くのは簡単だが一応は上司だ、軽く応じておくことにした。


「どうだい?神様の柔肌は」

「ああ、心地良いね。思わず潰してしまいそうだよ」

「もー、すーぐ潰そうとする。もうちょっと気楽に生きなよ、シャルちゃんみたいに」

「出来ない相談だ」

 俺とシャルは正反対だ。

 根本的には同じだ、とルミエールに言われたことがあるが俺は決して認めない。


 彼女こそが、本物の正義の味方、この世に最も必要とされる者だ。


 そして俺は言うならば……



 彼女の正義の礎になるべき存在だ。


 




「そういえば、『炎天の女神』メラニエルの行方不明について、君は何か知ってる?」

「知らねぇなぁ。見つかったのか?」

「さっき彼女の住居の庭の土の中を五メートルくらい掘ったら出てきたらしいよ?グチャグチャに全身がひしゃげてて最初生物だと思われないレベルだったってさ」

「恐ろしい限りだなぁ。相当恨みでも買ってたんじゃあないか?」

「別に私も仲良くない、どころか気に入らない部署の代表の一人だったから消えてくれてありがたかったよ」

「そうか。それなら何処かにいる神殺しの大罪人に感謝しないとなぁ」

「そうだねぇ~♪」

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