第一話 爆睡タイム(株主総会)

 

「お、いたいた。ユウキー!」

「んむ?……シャルか」

 カランカランと店の扉が開き、取り付けられたベルが鳴る。

 どうやら俺に用事があるらしい。


 彼女はシャルロッテ。

 金の短髪に何故か黒の紳士服を着込んだ男装の麗人といった風貌、現にこれに騙されて女性に告白されることもあるらしい。

 女性であると知っていても所属の八割が女性のファンクラブまで出来てしまう始末だ。


 天国にはありとあらゆる娯楽があるがシャル含めた数人の犠牲によって成り立つ推し活もあるらしい……俺は興味ないが。

 そんなものに金を使うなら他の遊びに使いたい。


「昼飯処に駆け込んでくるな、メシにホコリが入るだろ」

「うちはクリーンな店なんでねぇ、ゴミは全部入り口に付与されてる空間魔法で遮断してあるから食事をこぼさない限り走っても跳ねても問題ないよ」

「大企業様直営店は使える技術が違うなぁ……」

「あと十五分くらいで今月の総会だよ?君も早く来なよ」

「総会ぃ?あぁ、今月ももう末か」

 天候も昼夜も神の機嫌次第のこの世界は時間の感覚が薄い。

 だが食べたくなったら食べる、寝たくなったら寝る、なこの世界でも一応時間の流れは確かにある、地上と全く同じように。

 時の神が許可した特別な空間以外は何ら変わり無い時が流れているのだ。


「今月も欠席で!」

「不・許・可!!二ヶ月連続で欠席したんだからそろそろ出とかないと私が君の所有する株を徴収するよ!?」

「むぅ、それは困る」

 出席しても長老どもがあーだこーだ子供みたいに駄々こねてるのを見せられるだけの総会に行く価値はあるのだろうか?

 だが、この昼メシを無料で味わえる特権を捨てるのは勿体無い。

 そして……この女を敵に回すのは何よりも怠い。


「行くしかないかぁ……だっる」

「よし!第一段階突破!」

「あ?」

「な、なんでもないよ!?」

 ……何か良からぬことに巻き込まれた気がする。




 ◇◇◇




「なぁなぁ、店員のねぇちゃん」

「なんですか?」

「あのタダメシ食らいって何者なんだ?有名人がわざわざ迎えに来るって事は大物なのか?」

「うーん、分からない!」

 本当に謎なのよね。

 十年程前に突如として現れた男。

 天国で一、二を争う大企業の花形だった部署の株を何処から稼いできたのか知らない金で大量に買い占め、長年株主を勤めてきた長老達の間に突然割り込んだ男。

 黒い噂は聞かない、が他の噂は山ほどある。


 例えば、最強勇者の親友だ、とか。

 例えば、彼が株を買い占めなければ花形部署は他と併合していた、とか。


 例えば……、物凄く強い、とか


 株主優待を受けるにはその証と共に身分証の提示が必要。

 株主じゃなくなった、という話も聞かないし毎日毎食来るので今となっては確認無しだがその身分証の内容は覚えている。


 名前…ユウキ

 職業…勇者

 レベル 100

 居住区…一番街、ホテル・スペリオーレ百二十階


 このホテルはこれまた天国随一の大企業。

 ちょうど十年程前に倒産したホテルの代わりにその土地に建ち、瞬く間に一流の仲間入りを果たした凄まじいホテル。

 よほど経営が上手なのだろうか……ちなみに経営者の名前は秘匿、同レベルの企業じゃない限り探りきれないだろう。


 そしてレベルだけど……これも驚き。

 低すぎるのよ。


 私の身分証を例に出そう。


 名前…リナ・シャリーア

 職業…光魔導師

 レベル 280

 居住区…三番街洋食処アドリアーヌ女性寮


 そう、勇者でもない普通の魔法使いの私でも280。

 天国で普通に歩いているのは誰もが一度は転生して世界を救った人々。

 そして最大レベルは999と言われている、100では低すぎる。

 死んだばかりの人はすぐさま転生準備のために通称『学園』と呼ばれる場所にいれられる。

 そこで力を付け、転生前に記憶を消されて旅立つの。


 転生しただけで強い力を身につけられる?

 そんなお得な話はない。


 転生者は死後に力を付けてその先を順風満帆に生きるのよ。


「それより、昨日の大ニュースなんだけど、知ってる?」


「『炎天の女神様』が行方不明なんだってさ」




 ◇◇◇




「……ここも久しぶりに来るな」

「さ、みんな待ってるから早く会議室に行こう?」

 目の前に建つは太陽がロゴの天国随一の企業の本社だ。

 その名も、株式会社『希望の世界』。

 誰が名付けたのか知らないなんとも微妙なセンスの企業名、だが超一流企業。

 ここは転生先斡旋所、兼転生者修行場なのだ。


 俺はこの企業の部署の一つ、『正義の味方課』の株を一割持っている。

 総会に出席する株主は十名、それぞれほぼ一割ずつ株を抱えている。

 俺達株主が出資することで会社が成り立つ、といっても過言ではない、それが株式会社。


(まーた老いぼれどもの文句を聞くのか……)

 だが、ユウキは毎月ある総会に半分しか出席していない。

 大昔から出資している百歳近い老人が最近の若いのはどうだの、具体的な策はないのに修正して欲しい点だけは並べて『解決するのは会社の仕事だ』と言わんばかりの満足げな表情……。


 あえて言おう。


 うっせ!!


 たとえ一般人を軽く凌駕する身体能力を持つ天国人だろうとこれからを生きるのは若い奴らだ。

 つまり俺くらいの奴らが株を握った方が企業は発展するんだよ。


 折角神さまが憐れな人類から意見を聞こうなんて気を回してくれてんだ、もっと有意義で合理的で建設的な意見を言えよ、老害!

 回顧厨が多すぎるんだよ!


 あ、サラッと言ったが株式会社の社長、会長等の上層部の大半は人間じゃあない。

 ギリギリ上層部に食い込んでる人類と言ったら……シャルロッテくらいしかいないかもしれない。



「着いたよ」

「ん?……あぁ、もうか」

 と、思考の間にシャルロッテと共に辿り着いたのは重たそうな観音開きの金属扉。

『権威』って文字が好きそうな人が好む無駄に宝石が散りばめられた金がかかった扉だ。


「……やっぱり引き返していい?」

「ダメでーす。もう中に入って席に座るしかないでーす」

 逃げ腰になる俺の腕を万力のような握力で離さないシャルロッテ。

 いや、ちょっ、痛い痛い!!分かった分かった!

 逃げないから離せ!


 訴えるも信じてもらえず、力ずくで室内へと引きずり込まれた。

 中は静まりかえり、俺が座る席以外全てが埋まっていた。

 完全に俺待ちである。


「フン、ユウキか。今月は来たか」

「どうも~筆頭老害サマ。今日もあんたの主張大会か?」

「世間を知らぬクソガキが何を!」

「世間を知ったら強くなれるのか?自由になれるのか?あんたらは過去の思い出を想起するだけの回顧厨なことを理解しろ、さっさとそのしわくちゃの腕で抱え込んだ株手放して後進に譲れよ、いや、むしろ俺に寄越せ、適した奴らに分配してやるからさぁ?」

「先駆者に舐めた口利いて!!はっ倒すぞ貴様ぁ!?」

「やってみろよ、後ろ楯がねぇとワンワン吠えれない犬が!!」

 俺が入った途端一人だけ二割に近い株を持ってる白髪ジジイが突っかかり、次にそれに同調するように生え際がだーいぶ後退したジジイが、更に最後、コイツだけは総会参加者の中で唯一俺と同世代だが死んだ老害の抱え込んだ株を意思ごとそのまま引き継いでしまった。

 結果的に平均年齢は下がったが老害意見のアクティブさが増してしまった。

 全くもって意味がない。


 そして実際この犬(老人に構ってくれと言わんばかりに付きまとっていた様子から勝手に名付け)に関しては一度俺に武力行使をしてきたが返り討ちにしたため、俺が声を張るだけで背中が丸くなるようになった。

 今も俺の反論にビビって一回り小さくなった。


 三対一の状況、他は我関せずといったところ、だが俺は知っている。

 いざ議論になると筆頭に同調するしか脳の無い不利益しか生まない駒となるのだ。


(チッ、だから嫌なんだよ、ここは)

 完全にアウェイの場、俺の味方してくれそうなのはせいぜいシャルロッテくらい。

 しかし、彼女は会社側の人間、あまり俺一人に肩入れは出来ない。


「……午後一時。全席出席、これから『正義の味方課』の株主総会を始めます。司会は私、法担当のグリム」

「補佐は全部門担当、シャルロッテが務めます!」

 正義の味方課……というかほぼ全ての課においてそれぞれの転生者の職業に合わせてクラス分けをしている……つまり魔法使い系統の後衛職はグリムが名乗った法クラス、戦士、騎士等の前衛職が武クラスとなっている。

 それとは個別に、勇者専門の勇クラスというのもある。

 万能職、勇者を教えるのは勇者にしか出来ない……わけではないため、原則としてこのクラスに所属するだけで勇者は法クラスにも武クラスにも出入りできるという特権がある。


 グリムは確か……賢者だった筈、なので法クラスを受け持っているのだろう。

 シャルロッテの職業は勇者、だからといって勇クラスに引きこもらせずに全部門担当させてるのはかなりブラックな企業じゃないか?と思うのは間違ってるのだろうか。


 ……まぁシャルの場合は本人が楽しくやってるから別に良いか。


 全部門担当してるのにこんな会議にも出席させるのかって?

 それは仕方がない、だって


 ここの老害が全員一斉に暴れても力ずくで抑え込める教員がシャルロッテしかいないのだから。


 俺は暴れないのかって?

 俺はアイツ相手にするの嫌だよ、めんどくさい。

 相性が悪すぎるんだよ畜生。


「……ハァ、煙草煙草……」

「ユウキ殿、会議中は遠慮していただきたい」

「えぇ~、どーせ老害の愚痴大会になるんだから煙吹いて暇潰ししてても良いだろ。むしろ奴らの顔が霞んであんたもやりやすくなるんじゃね?」

「……申し訳ないがご遠慮していただきたい」

 彼も薄々感じているのか、少し間があった。

 会議の司会担当は大体三ヶ月で変わる、前にシャルロッテに聞いたところ、『ジジイ達の愚痴に付き合ってられるか!って感じで辞めちゃったよ?勿体無いよね、こんな良い職場辞めちゃうなんて』とのこと。

 この女はやはり例外、生粋のメンタルモンスターである。


 というわけで、この総会の司会=現職の終焉と認識してる人も多いらしい。

 なお、ジジイ達は気にもしてない、いや、辞めた者を『軟弱者め!!』と貶した事はあるか。

 死体りも良いところである。

 辞めた人達は別の課に就職したり何処かで幸せになっていることを願う。


 というわけでここはグリムの顔を立てて懐から煙草の入った小箱を取り出すのをやめた。


 そして老人の愚痴会が始まるのだった……。

 爆睡タイムだ。




 ◇◇◇




「……い」

 ん……うるせぇ


「聞いているのか貴様!」

 犬畜生の声が、寝起きの耳に刺さる。


「……あ?うっせぇわ、犬畜生。キャンキャン吠えてんじゃねぇよ」

「また貴様は俺を犬と蔑んだな!?」

「は?お前お犬様を侮辱すんなよ?犬ってのは忠実で良い動物じゃあないか」

「そ、そうか……」

「騙されるでないわ、こやつはお前をワシらの犬と呼んでいる。つまりお前はワシらに従うだけの脳無しと言っておる」

 バレたか。

 誉めたふりしてやり過ごそうと思ったのに。


 ん?ていうかあの老害……アイツも犬畜生の事バカにしてね?

 おーい、気づけー!


「今日という今日は……!もう許さんぞ!」

「はいはーい。ケンカの時間じゃないから席を立たないでね」

 立ち上がろうとした犬の背後にいつの間にか回り込んで肩に手を乗せるシャルロッテ。

 犬の顔面が蒼白になる。


(……アイツ、プレッシャー掛けすぎだろ、死ぬぞ?犬畜生)

 転生者同士の戦いになるとどうしてもレベルの差が問題になる。

 犬畜生は……多分500くらいだろ、それじゃあシャルロッテの圧に耐えきれない。


「シャル、お前がそいつを殺しそうだぞ?」

「へ?……あ!ごめんね~ラスペルくん」

 へぇ、あいつラスペルっていうのか、多分前に聞いたと思うが興味ないから覚えてなかった。

 荒い呼吸で着席するラスペルくん。圧に屈して呼吸をすることも忘れていたようだ。


「ユウキも人を煽らない!」

「へーい、善処しまーす」

 俺にも注意が飛んできたため万能の返答を返す。

 この言葉は本当に便利だ、子供の頃の『行けたら行く』の大人バージョンだと思っている。


 さて、時間経過は……せいぜい十分程度か?モーニングコールには早過ぎるぞ、犬畜生め。


「はーい、ここで私から一つ議題を提供させていただきます!」

 シャルが素早い動きでグリムの背後にまで戻る。

 寝ている間に内容整理のためかホワイトボードまで用意されていた。


「ズバリ、教員の数が著しく不足していることです!」

 あー……まぁそうだろうな。


 以前までは転生者の受け入れは月一つきいち、ちょうど明後日一日ついたちに予定されていた。

 しかし、ここで神が謎の制度変更。

『もっと色々な世界、色々な人類の選択が見たい』とのお達し。


 月の中日なかび、つまり十五日にも転生者の受け入れをする事となった。

『希望の世界』では一週間から一ヶ月の修行を経て転生させる決まりになっている、しかし、大体の人間は一ヶ月丸々滞在する……皆、不完全な状態で転生したくないのだろう。

 人数は当然ながら倍は増えた。教員は増えるどころか老害のせいで少しずつ減っているかもしれないのに。


「フン、軟弱者め、ワシらの頃はなぁ」

「うるせぇ回顧ジジイ。てめぇらの頃はもっと受け持ち人数少なかっただろうが」

「こやつ……知ったような口を!」

 今度は生え際後退爺が応戦か?シャル様のプレッシャーを食らって死んじゃっても俺は責任とらんぞ?


「黙れ、ウィル」

「っ!バルト殿はよりにもよってこやつの味方をするのか!?」

 お?珍しく筆頭ジジイ、バルトが生え際ウィルを止めたぞ?

 面白くなってきた。


「ユウキの言葉は事実だろう?」

「だが!」

「『正義の味方課』に関わる人間がこの場の『正義』が何処にあるのか、それが分からぬ俗物ならばお主であろうと斬り捨てるぞ?ウィル」

 ……そうか、筆頭ジジイ、バルトが主導で愚痴大会を開催してるからすっかり忘れていた。

 このジジイ、嘘は付かないんだった。

 そして身内の法螺吹きにも敏感、現に俺の言葉が真実なのに否定しようとしたウィルの首には彼が気づかぬ内に腰に携えられていた刀の切っ先が置かれていた。


 そしてこの場の正義の場所は恐らく議題を出したシャルロッテだ。

 彼女の機嫌を損ねる=自らの破滅、もあり得るのでこのような過激な対応になったのだろう。


「話の腰を折ったな。続けたまえ、シャルロッテ女史」

「はいはーい、バルトさんありがと。んでー、物は相談なんだけど……」

 チラッとこっちを見たシャルロッテ、一瞬だが何か企んでいるような顔をした気がする……って!姿が消えた!


「こちらに出席のユウキ殿に、臨時で教員資格を与えてくれないかなぁ~って」

 背後に気配、だが振り向きたくない。

 絶対満面の笑み、ドッキリ大成功!みたいな感情が見える。


 ……面白くなくなってきたな

 

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