第14話

体育館を出てからはとぼとぼと歩き、やがて歩みを止めてしゃがんだ


ぐずぐずする鼻水と

ボロボロと止まらない涙



涙が落ち着くまで、少しこうしていよう…





「冬至ちゃん」



先輩の声にハッとして立ち上がると、涙を拭いた


あれ、壇上に居たんじゃないの?

なんでここにいるんだろう…


そう思いながら


でも、中々後ろを振り向けないでいた




「俺のクラスの合唱…聞いてくれた?」



先輩がゆっくりと近づいてくるのがわかる




先輩の声に応えたいのに


自分の声がきっと震えてしまうから


声を出せない



私は先輩にわかるようになるべく大きく首を縦に振った




「伴奏…聞いてくれた?」



もう一度縦に振った



私を通り越して、下を向けた目線の先に先輩の上履きが見えた


前を見れない





「冬至」



ハッとして思わず顔を上げた



今…

冬至…って



「あ、やっとこっち向いた」





「うーん、そんなに俺の伴奏に感動した?


これは優勝、うちのクラスが頂きかなー」



先輩はおどけるように言った



「何言って…

違います!


私はただ、悔しいんです!



ピアノが好きで…



でも、その道を自分で諦めてしまう先輩が…!」



ぽたぽた、と涙が溢れた



なんでこんな他人の事なのに悔しくなるのか、自分でもわからない




私がそう言った後の先輩は、すごく渋い顔をしてそして頭を垂れた


そのまま棒立ちして動かなくなってしまったのを見て、私はつい言い過ぎたと声をかけようとした時だった



ぱっと顔を上げた先輩は



「泣かないでよ


俺が泣けないじゃん



なんてね…」


そう言って、笑った







ああ…



そうだ




何やってるんだ私…




本当は



本当は



私なんかじゃなくて




先輩が



一番泣きたいんだ…





『ピアノはね…


好きだよ


すごく好きだ』




『ピアノじゃ、食べていけないから…』





なのに、私は…



そう言ってるそばから、先輩のあの時の言葉や情景が浮かんできてしまって


また泣きそうになる



私は唇を強く噛みしめた




「冬至


代わりに泣いてくれて、ありがとう


悔しいと、言ってくれてありがとう



ちょっと


悩んでたんだ



でも…


もうこれで


冬至のお陰で、前に進める」



そう言った先輩の言葉は、あの時とは違う


覚悟とか決心を感じるような、心に響くアルト



あ…



そうか…



違う



本当は、違うんだ



先輩のピアノは、私に先輩を好きにさせてくれた音色だから…なんて理由なんかじゃない



今…気付いてしまった



それは、単純にきっかけにしか過ぎなくて



私は…



本当は…



先輩がピアノの道を諦めたら


私が先輩を好きになった気持ちも、なくなっちゃうのかななんて…



そんな事を思ったら悲しくなったんだ



先輩がピアノを奏でてくれている間だけは、先輩と繋がっていられると


そんな事を思ってしまっている浅はかな人間だったんだ



私は先輩の将来よりも

ピアノの道よりも


そんな自分が辛くて泣いたんだ


そんな人間だったんだ




「だからそんな顔、もうしないで



俺さ



冬至ちゃんが笑っている顔が



好きだよ」




「え…」



思わず涙なんか引っ込み

バクバクと心拍が爆上がりした




「だから、俺の前では笑っててよ」




俺の前では…笑ってて…



私はうん、と細かくゆっくり頷いた




「…あ、じゃあ俺、戻るわ」



先輩が突然そう言うと横を通り過ぎついでに私の肩をポンポン、と軽く叩いて笑った





「えっ…何々、樹告白?」


「さーねー」


「えっ?何それどう言う事?された?」


「あっはは、ひみつ」


後ろで先輩と先輩の友達の声が聞こえてきた



後ろ、振り向けない…

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