第13話

あの頃の私は、自分で決めた道に後悔はしてないよ、と言った先輩を慰める手立てがわからなかったし


なんて言葉をかけたら最適解なのかわからなかった



ただ、自分が好きで目指していた道を、自分で諦めてしまうのを


傍観する事しか出来なかった




今なら


『ピアニスト目指してるなら、本気でやれよ』


って言えたのかな…



でも当時の私はそこまで、私の力がなかった

及ばなかった


先輩の考えを変えることが出来なかった









校庭のトウカエデの木が色づく



体育館で行われた合唱祭



一年生、二年生と順調に進んでいった



そして…



「続きまして三年A組


楓」



音楽の先生のナレーションで舞台袖から三年の先輩たちがぞろぞろと壇上に集まった



みな定位置に付いて直立不動の体制



「あ…」



舞台袖から先輩が出て来て、ピアノの横に立つとお辞儀をして椅子に座った




先輩の細かい表情を窺い知るには少し遠すぎる位置

でも、先輩はしっかりと見える



先輩がピアノに手を伸ばし、指揮者が伴奏者の方に少し向いた


それを合図にピアノの音が響きだす



楓のイントロの部分は、原曲でもピアノのような音だ

そして歌に入る少し手前でドラムがガツンと入ってくる


合唱の場合は…


途中でふっと、ピアノの音が一旦停止する

それをきっかけに、次の音でみんなの合唱が始まった




…わ




合唱になると…こんな曲になるのか…



今まで先輩のピアノの音を聞く方が多かったから、声の入った楓を聞いたときすごく新鮮に感じた




ソプラノが歌詞を歌う中、アルトがルーっと言っているのが聞こえる

アルトは原曲でいう所のベース部分なんだろうか


そして曲のサビ部分に差し掛かると、ソプラノとアルトがハミングした




…綺麗な



綺麗なソプラノとアルトの



ハーモニーだ…



伴奏する先輩は



楽しそうに微笑んでいた



楽しそうに



ピアノを弾いていた





歌の最後のフレーズ


目頭が熱くなるのを感じて、目をぎゅっとつぶって頭を左右に振った




二番ではサビに入る少し前のパートからソプラノとアルトがハモっていた

これは原曲でも同じだ



合唱ではその流れでサビに入って行く




ああ…



なんで



なんで




楓なんだろう…




なんで、この曲だったんだろう…




『冬至ちゃんの為に楓、弾くから』




こんな



悲しくて



切ない曲




『ピアノを人前で弾く機会、合唱祭で終わりだと思う』



『ピアノはね…


好きだよ


すごく好きだ




でもね


ピアノの世界で生きていける人は、選ばれた人だけだよ』




『ピアノじゃ、食べていけないから…』




『好きな時に好きな曲を弾ける生活で、満足なんだ…』





気付いたら



色々な感情が入り乱れて


ぽろぽろと




涙が溢れてきてしまった





『なんで、そんな事言うんですか…?』


『それでいいんですか!?』



先輩が決めた道に


私がとやかく言う筋合いも、泣く意味もない



人には色々事情があるのはわかってる…わかってるはずなのに…



先輩が



こんなに綺麗な音色を響かせるから






もっと先輩の音色を聞かせてほしいなんて、我儘


思ってしまうんだ…



だって



先輩のピアノは




私に、先輩を



好きにさせてくれた音色だから






涙で霞んで、目の前の先輩はもう見えない



周りから大きな拍手が聞こえて来た




「冬至…?」




私は踵を返すと、そんな友達の言葉も無視して体育館の外まで走った

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