第9話
時刻は五時半過ぎ
雨はまだ降っていた
「わー、風強いねえ…
傘使えるかな…」
先輩はそう言いながら傘立てを見た
「あ、全然…私傘なくても大丈夫です!走って帰ります!」
「うーん…
あ、そのタオルでなんとかしのげるかなあ…」
さっき先輩から貰ったタオル…
「あ、いや、でもこのタオルは先輩ん家の…」
「ああ、それは気にしないで、タオルで頼りないかもしれないけど
傘より多少雨はしのげると思うから使って」
先輩が手を伸ばし、私の肩にかかっていたタオルを頭に半分被せた
「…ふっ
なんか小動物みたい…」
先輩が私の格好を見て笑った
「むっ…なんですかそれ…」
「ははっ…いや…
可愛い」
かっ…!
可愛い…!
私は先輩の言ったそんなワードで急に心拍が上がった
長くて大きな節の高い手
綺麗な
音を奏でる手
その手が
ポンポン、と二回
私の頭を優しく撫でた
ああ
私、先輩の事…
好きなんだ
今まで、意識してこないようにしていたけど
この瞬間、自分の先輩が好きだって気持ちが、感情が
私の身体全体に駆け巡っていくのがわかった
意識
してしまった…
自宅に帰ってお風呂に入り、濡れた身体を温めた
にこっと笑った先輩の顔
小動物みたいと言った声
可愛いと言った声
浴槽に浸かりながら先輩が頭を撫でてくれたシーンが何度も、何度も頭の中でリピート再生される
自分で、先輩に撫でてもらったところを撫でてみた
…うわあ…恥ずかしい…
ドキドキが止まらない
世間のカップルたちはこんな事毎回してんだよね…いや…それ以上だって…!
考えただけで顔から火が出そうになった
やばいやばい世間のカップル強靭メンタル
心臓幾つあっても足りないだろ…
もし…
先輩と付き合えたら…私どうなっちゃうんだろう…
ふとその時、先輩の家の玄関での出来事を思い出した
あの時…
あのまま…
キス…してもよかったな…
風呂から上がり、ポカリを飲む
ベッドの上でCDプレイヤーに先輩から借りたCDを入れてスタートボタンを押した
あっ…!
この曲…
確かに聞いたことある
何とはないけど、色々な場面やシーンで聞いたことがある
CDプレイヤーの電子画面を見た
幻想即興曲
曲名は知らなかったけど、音楽を聴くと、はっとする
そんな曲が沢山ある
英雄、革命、華麗なる大円舞曲、子犬のワルツ…ノクターンの2番
私は既にこの曲を知っていた
こういう、タイトルだったんだ…
クラシックを聴く習慣なんて今までなかった
いや、まあでも学校でクラシックの演奏会とか、そう言うのは強制的に謎のホールみたいなところに連れて行かされて聞いたりはしていた
でも隣で寝ていた友達やあくびをしている周りを見て、クラシックは退屈そうにしなきゃならないものなのかな…なんて思ったりもしていたので、クラシックについて深く知ろうと思わなかった
そうだ思い出した
小学校の頃、学校でタイタニックの映画を見た時
ちょっと恋愛要素が入ってる映画だったのもあって、周りのみんなはニヤニヤしたり他には退屈そうに見ていたりしている人が多かったんだけど
ただ一人だけ
とある女の子が、ボロボロと大粒の涙を流しながらその映画を見ていた
そんな女の子を見て、男子の数名が
こいつ泣いてるー、だとかなんだとか言っていじっていたっけ
でもその子はそんな男子たちの言葉も無視…と言うか聞こえていないかのようにずっと画面に夢中になっていたんだ
今思えば、そのボロボロ泣いていた女の子の気持ちが、わかる
小学生時代のクソガキの頃なんて周りと感性が違うと、そうやって囃し立てられたりいじられたりされるのはよくある話で…
それが私は嫌で
隣で寝ていた友達やあくびをしている周りを見て、クラシックは退屈そうにしなきゃならないものなのかななんて思ったのかもしれない
先輩はあの時の
周りの声なんか関係なく、ボロボロ泣いていた女の子みたいだ
先輩がピアノの話をしている時、弾いている時の生き生きとした表情が
私の知らないクラシックの知識を、先輩が饒舌に喋る時の楽しそうな表情が
すごくキラキラと輝いて見えて…
自分の好きな事、ものに対する
その情熱に
熱意に
惹かれたんだ
隣で寝ていた友達やあくびをしている周りの人の私の印象を
クラシックを
音楽を
先輩は変えた
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