第4話

やがてその曲は静かに、音が消えていくようにして終わった





「プレリュード15番



ショパンの雨だれ



俺が一番好きな曲なんだ」




弾き終わった彼が言った




「好きな…曲…」




「うん



この曲と出逢って



ピアノが好きになったんだよ」




物腰の柔らかい、優しい会話をする人だ






私と先輩以外、誰もいない教室



大きな窓ガラスから映るのは、黒くなった山並に

青、白、オレンジとコントラストを作った空




長閑で、静かで




田舎町の、何もない景色






「はーい、立川(たちかわ)くんそろそろ閉めるよー!」




入り口から手を叩きながら、音楽の先生が入ってきた

今度は間違いなく音楽の先生だ



「っあれ?あなた、えーと…」


覚えてないんかい



「梶原(かじわら)です」



「あっ梶原さんね!


はいはい、二人とも片付けて帰るよー」




私たちは先生に促されて帰り支度をして音楽室を出た







学校を出て、駅まで向かう帰り道



「すっかり日が短くなったなあ…」



先輩は薄暗くなった空を見上げて言っていた





何故か流れで私は先輩と

何故か一緒に帰っているわけだけど…

何故か…




「…先輩はいつも音楽室でピアノ弾いてるんですか?」



私は先輩との二人きりの空間が気まずくて話題を振った




「えー…そう言うわけじゃないけど…」



間延びした返事



「ほら来月合唱祭でしょ?


だから放課後、音楽室借りてピアノ弾かせてもらってただけだよ



俺、伴奏だから」




そうだったのか




ん?



「え…先輩のクラス、クラシック歌うんですか…?」



一体どうやってクラシック音楽を合唱祭で歌うんだ…?と一瞬考えが過ったが、すぐさま先輩が言った言葉で納得をする



「まさか!


さっきのは合唱祭の曲じゃないよ

俺が勝手に弾いてただけ」



そう言って先輩は笑った




『ピアノ、弾くの?』



なんだか嬉しそうに聞いてきた先輩を思い出した




「先輩、ピアノ好きなんですか?」



「まあね…」



そう言った先輩は、顔は笑顔だったけれど


瞳は何故か遠くを見ているような感じがした





「梶原さんの…」



梶原さん…


私の苗字、覚えたんだ…





「冬至(とうじ)、です」



「え?」



「私の名前、冬至って言います」





「冬至…ちゃんか


あ、俺は立川


立川樹(いつき)」




立川…樹…先輩




「冬至ちゃんのクラスは、合唱祭何歌うの?」




冬至ちゃん…




「…私のクラスは、オーハッピーディを歌います」



「へー、いい曲になったね

合唱祭っぽい」



「立川…先輩のクラスは?」



「俺のクラスは、楓だよ」



「え…何ですかその曲」



「ん?

スピッツの歌」



「スピッツ…」



知ってるけど、あまり曲は知らないアーティストの一つだ…




「…聞いてみる?」



「え?」



「明日、音楽室で弾くから放課後またおいでよ」



そう言うと先輩は笑った




『またおいでよ』…



そんな先輩のセリフを


私は頭の中で何度も反芻した

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る