第3話
「平均律クラヴィーア曲集 一巻1番プレリュードハ長調」
「え」
急に呪文でも唱えだしたのかと一瞬面を食らったが
「バッハの曲だよ」
と彼が微笑みながら言った
心なしか、嬉しそうな表情
バッハの曲
バッハなら聞いたことある…
私は無意識に音楽室の後ろに視線を向けた
そこにはとても有名な音楽家のポスターが飾られているからだ
バッハ
ベートーヴェン
モーツァルト…
後二枚あるが、ちょっと名前が出てこない…
本当に私は音楽の知識が疎い
「君二年生だよね」
彼が目線を足元に向けて言った
私の高校は上履きの色で何年生かわかるシステムになっている
私は緑色
だから二年
彼は青色
だから三年生
私の一つ上
先輩だ
私は頷いた
「じゃあ、後輩だね
ピアノ、弾くの?」
彼はなんだか嬉しそうに聞いてきた
そんな表情の彼に、私は申し訳ない気持ちで呟くように返す
「いえ…
弾けないです
楽譜すら読めない…です」
音楽を聴くのは好きなのに、楽器演奏や音楽知識は全くダメな私
先輩を見ていると、そんな自分がなんとなく情けなく思えた
「そうなんだ」
「…けど!
楽器演奏や音楽知識はダメだけど
音楽を聴くのは好きなんです…!」
「へー」
彼は楽譜を眺めていた
音符のたくさん書かれているそれは、見る人が見ればドレミ…の音階?みたいなのがわかるんだろうが…
私にはさっぱりわからなかった
いやまあ確か小学校だか中学校で勉強はしているはずなんだけど…
興味のない事はとことん頭から抜けていってしまう
急にピアノの音が耳に入ってハッとした
目線を彼に向けるとピアノを弾いている
この…
曲
天井を仰ぎ見て思案した
何となく
もの哀しいような
憂鬱なような
苦しいような
辛いような
そんな感情の音を感じる
そんな風景が、私の頭の中に浮かんでくる
音に感情や、風景なんてないはずなのに
そのピアノの音色から
そんな感情や風景のようなものが見えてくる…
この感覚は…何…?
そしてもう一つ…
一定のリズムで、ずっと同じ音が聞こえているパート?のようなものがある
メロディとして曲が流れているんだけど、その中に一音だけ、一定のリズムで音を刻んでいる音というか…
何だか面白い曲だ
ふと、視線を先輩に戻す
身体を軽く上下に揺すりながら
伏し目がちな瞳に、滑らかな手の動き
その手の動きに、瞳に…何故かドキドキとした
なんだか、楽しそうにピアノを弾く先輩
私はしばらく
息を吸う事を忘れていた
思い…出した
私は、先輩と会うの
今日初めてじゃない…
去年、見た
合唱祭の、伴奏で…
ぼーっと色々なクラスの合唱を聞いていた時
ふと視界に入ったんだ
生き生きとピアノを弾く人だなと思いながら、私はその人を
先輩を見ていた
そうか…
だから、さっき…既視感があったんだ…
今も、そう
曲調や、先輩のピアノの音は鬱々とした気分の晴れないような、そんな音がするのに
それを弾いている先輩は
すごく…
生き生きと
ピアノを弾いている
それは
まるで
歌うように、弾いているような…――――――
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