第4話――偶然の再開
「ねえ繭、数学の宿題終わった?」
「うん」
「ごめん、写させて!一生のお願いだから!」
塾の授業開始15分前に聞くセリフではない、でも親友だし、しょうがない見せてやるか…と、
仕方なくノートを見せる。
「ありがと!」
この会話、昨夜もしたな…などと考えていると、
前の方の席からザワメキが聞こえる。
最後尾に並んで座る私達には関係ないか、とぼんやり思ったら、
「え、何、なんかあったの?」
集中力が5秒もたない私の親友が話しかけてきた。
「いや、知らんよ」
「あー!新しい新任なんじゃないの!先週で前田、辞めるって言ってたじゃん。
ん?意外とカッコいいよ!ねえ、繭も見て!」
教室のドアを開けて入ってきた人は…
まさかの、あのお兄さんだった。
灰色のジャケットに、黒のパンツ。
翡翠色のフレームの眼鏡。
天パのボリュームもほどよく抑えて、言いようのない色気を感じる。
すばやくチョークと座席表を準備して、凛と立つ。
教室中を見回すと、あなたは言った。
「えー、ちょっと早いですが、授業始めます。
今日から数学の担当をします、葉村です。よろしく」
「キャー、イケメン!!背も高いし!あー好きになっちゃったかも!
眼鏡も似合ってるし。うわ、最高じゃん!」
隣の美咲が喋る横で、私は呆然としていた。
えっ、こんなことって、ある?
前あったときは眼鏡を掛けてなかったとか、そういう単純な問題ではない。
――これが運命じゃない、っていう人っている?
ていうくらいの奇跡が起きている、ということはかろうじて分かる。
でも、なんで? どういうめぐり合わせ? という思いばかりが頭を巡って、思考停止になる。
…
「…繭、ねえ繭!当てられてるよ」
あなたと目があった。一瞬、あなたの目が大きくなった。
「すいません、どの問題ですか?」
薄笑いが教室に響く中、
「例題20番です」
「えっ、わかんないです」
生意気な
「ちゃんと考えました?」
「いや、ちょっと無理です」
「あーそうですか。じゃあ、解説します」
あなたの解説が始まった。
楷書っぽいきれいな字、テンポ早めの明瞭な解説は、初見の印象とはだいぶ違った。
少なくとも、突然危機から救い出して、助けた相手を犯そうとし、諦めて添い寝を要求するような人には見えなかった。
それに、「ああ。寂しいんだ」というような、孤独感を滲ませた人にも見えなかった。
あくまで、塾の先生としての模範を演じている、賢い人に見えた。
「ちょっと、新任にあの口のきき方はないんじゃないの」
「だってわかんないんだもん」
「いよいよ繭にも訪れちゃいましたか、第二次反抗期」
ニヤニヤして私の腕をつつきながらあおってくる。
「ちょっと!からかわないでよね」
「えへへ。でも珍しいね〜。繭が素っぽいところを知らない人に見せてるところって」
「ねえ〜、それどういうことよ」
「いや、繭ってさ、あんまり他の人と口きかないじゃない。ましてや大人しくする素振りも見せないなんて。あ、まさか、繭もあの人好きになっちゃった?」
「そんなわけないでしょ!」
色々コソコソ話しているうちに、
「はい、じゃあ宿題やってきてね。今日の授業はこれでおしまいです」
といって、授業が終わってしまった。
「繭、なんかあの人と喋ってきたら」
と促され、前の方に行こうとするなり、前の席にいたキラキラ系女子たちが、
「ねえセンセー、彼女いますか?」
「ノーコメントです」
「え〜、絶対いるって!だってカッコいいもん」
「言いません、用のない人は帰ってください」
「ワタシ、センセイとお話していたいんですけど〜」
「いいから。じゃあ、2分以内に帰らなかったら、居残り課題やらせます」
「は〜最悪!もういい、帰ろ!」
とかなんとかいいながら帰っていった。
「繭!居残りになっちゃうよ、どうする?」
「先帰っていいよ、私はちょっと話していくから」
「それなら私も残るよ」
と言いながら二人で前の方に行く。
「はじめまして、葉村先生」と話しかけると、
「はじめまして、はないだろう。まさか、僕のこと覚えてないの?」
と笑いをこらえきれないような口調で返された。
「えっ、二人、知り合いなの!?」
「いや、ちょっとね…」
「えー!それなら早く言ってよ!」
素早くリュックを掴む美咲。
「え、帰っちゃうの?」
「知り合い同士、イチャイチャしてて下さーい。邪魔者は帰ります〜。バイバイ」
速攻で美咲は帰ってしまった。
「いいのー、友達に帰られちゃって」
「いや、しょうがないです…」
「そうか。せっかくだし、もう少し話そうか。
自販機で何か買ってくるよ。君は何がいい?」
何かが起こる気がした。
でも怖いと思う隙も与えられなかった。
なんとなく、この運命の再開に身を任せていたかったのだろう。
「なんでもいいです」
「わかった。買ってくるね」
一人で教室に取り残されて、私は放心状態だった。
私はこれからどうなってしまうのだろう。そればかりが頭から離れなかった。
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