第3話――初体験…

「…どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 ついに、来てしまった。


 一度、頭を冷やそうとしてみる。


 私は、今、約1時間前に出会った男の部屋にいる。

 おそらく、一晩はここにいることになる。


 …やばいな。

 改めて、ひしひしと感じていた。


「部屋、好きに見てていいよ。その間にシャワー浴びてくるから」

「シャワー?」

「うん、それとも、君が先入る?」

「え…、ううん。先どうぞ」

「ありがとう。ちょっと待っててね」


 どうしよう、部屋なんてのんきに見ている場合ではない。

 この間に逃げてしまおうか、いっそ部屋をめちゃくちゃにして出ていこうか。

 美咲みさきに遺言でも残そうか、「今から処女喪失しまーす」って。


 いや、やめとこう。

 冷静に、冷静に。

 19歳の専門学校生を演じよう。


 部屋をウロウロしてみる。


 ベッドは広さから見て、多分シングル。

 洗面所を覗いて見ると、洗濯物がたまっている。

 冷蔵庫の中は、缶ビールが目立つ。

 ちょっとおじさん臭いな、と思う。


「一人暮らしの大学生の部屋って、こんなもんなのかな…」

 そう呟いた時、


「おまたせ」

 あなたが出てきた。


 やっぱり怖くなってきた。


「君も…」

「いや、ごめんなさい。こんなふうに部屋に来てから言うのも良くないと思うけど…」



 あなたが一歩近づいてくる。

 心臓が急に音を立て始める。


「…!!」


 唇に、キス、された。


 急いで離れる。

 あなたが腕をのばしてくる。


「え、だから待って…」

「いいだろ、ちょっとくらい」

「いや、そんなつもりじゃ」

「そんなつもりだからこんなところまで来たんだろ?」

「なんでそんな急に」


 私が半歩下がると、あなたも同じだけ距離を縮めてくる。


「ちょっと待ってよ!」

「…、そんなに僕といるの、いやだ?」

「え、なんでそんなこと聞くの」

「なんでなんでって、君は理屈っぽいんだね」


 だんだん、小走りになってくる。


「ちょっと、そんな急に離れないでよ」

「離れないでよって、お兄さんが近寄ってくるから…!」


 追いかけっこみたいになってきた。


 でも、だめだ。

 寝室まで追い込まれてしまった。


「やめて!こっちに来ないで!!」


 ありったけ叫んだあと、ふと、あなたの表情を見てみた。


 すごく困惑した表情だった。

 なんだか、悲しそうだった。


「あ…、なんか、すいません」

「…いいんだよ、多分これが普通の反応だし。気にしないよ」


 気まずくなってしまった。

 もう、あなたと目を合わせられなくなってしまった。


「やっぱり帰りますね。ごめんなさい。助けてくれて、紅茶まで奢ってくれて、よかったで…」

「いや、お願いだ!一晩だけここにいて。何もしないから」


「…何もしない?本当に?」

「ああ。寂しいんだ。一生のお願いを使ってもいい」

「一生のお願いって、もう会わないかもしれないのに?」

「…まあね」


 あなたは悪い人ではないと直感で感じたのは、このときだった。



「じゃあ、一晩だけだよ」


「…ありがとう。感謝するよ」



 私達は、一緒のベッドで寝た。

 すこし、窮屈だった。

 もちろん、何もおこらなかった。

 ただ、寝ただけだった。


 ******************************************


まゆ、おはよ〜!」

「…、うん?ああ、美咲か。おはよう」

「なに〜、寝不足なの?元気ないね、なんかあった?」

「いや、なにもない」

「ほんとに〜!?」

「ほんとだってば」


 学校の最寄駅で出会った美咲は、いつもと変わらず元気いっぱいだ。

 でも、さすが親友だ。私の変化には敏感である。

 学校のクラスが一緒になるのは2年目で、塾のクラスもずっと一緒。

 いい友達に恵まれたと思う。


 次の日、私はあなたの家から学校に向かった。

 あなたも大学の講義が1限からあったし、

「単位落とすとまずいからさ〜」

 と朝早くに真面目に授業を受けに行ったので、おかしなことは起こらなかった。

(この一連の体験自体が、そもそもおかしいのだ)

 

 でも、連絡先も交換せず、相手の名前も知らず…。

 こんな関係ってありなのかな、と少しだけ自問した。

 なんだか、納得いかなかった。


「今日も塾だよ〜、2日連続ってキツイよね」

「そうだね、しかも今日は私達の苦手な数学だしね」

「そうだよ〜、昨日は英語だったからまだ良かったのに〜!」

「でも、今日終わればまた5日間塾ないからさ、頑張ろ!」

「うーん、そうだね、頑張ろ!

 それにしても繭はほんとに優しいよね、何言ってもフォローしてくれて。もう、大好き!」


 朝からヨシヨシしてくれる美咲も、かなり優しいと思う。


 こんないい友達に、昨夜のことを話さないでおくのは、大きな隠し事をしているようで少し申し訳ないが、もう少し落ち着いてから話そう、と思った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る