第28話 お前だけは許さない
「シェーン様!」
瞳を潤ませて、ペネワーが俺に駆け寄ろうとした。けれど、すぐに足をとめて身を竦ませた。俺の背後に佇むモノたちに気がついたからだ。
ペネワーが悲鳴をあげた。
「ゴ、ゴブリン!」
「心配はいらない」
俺は慌てていった。安心させるために笑みを顔に押し上げる。
「こいつらは俺の仲間だ。人間は襲わない。さあ、全員、優しく笑って!」
俺はゴブリンたちに命じた。するとゴブリンたちがにかあと笑った。優しく笑うという行為に慣れていないのか、ずいぶんぎこちない。
ペネワーがぎくりとした。余計に恐がらせてしまったかもしれない。
けれど、俺の命令をきいたことで、仲間であることは理解したようだ。ペネワーの表情が和らいだ。
俺はあらためて村を見回した。ゴブリンの能力なのか、いまの俺は夜目が利く。
ゴブリンやホブコブリン、バクベアどもが暴れ回っていた。夜の奇襲であるためか、村の者たちは満足に反撃できていないようだ。
あちこちで村の人たちが倒れていた。女性に群がっているゴブリンもいた。やっていることは明白だ。
その行為が、なおさら俺の怒りに火をつけた。これ以上、好きにはさせない。
俺は背後をちらりと見やった。
「いけ。村の人たちを助けるんだ」
俺は命じた。一斉にゴブリン──進化ゴブリンともいうべき──たちが動き出す。
「待て」
俺は一体のバクベアを呼び止めた。そして命じる。
「お前は残ってペネワーを守るんだ。傷一つつけさせるんじゃないぞ」
「承知しました、主よ」
「頼んだぞ」
バクベアにうなずいて見せると、俺は走り出した。戦闘の様子を確かめる。
単純な数でいえば襲撃してきたゴブリンどもの方が多い。が、俺の眷族のゴブリンたちは進化している。単体なら、こちらの方が上だ。
それに俺がいる。たとえバクベアといえども単体で俺に勝てる者はいない。
左で村人を襲っているゴブリンを見つけた。左腕から噴出した糸で縛り上げる。
魔矢で殺すというする選択肢もあった。が、後のことを考えると生かして捕らえておく方がいいと判断したんだ。
ゴブリン同士の戦いはそこかしこで繰り広げられている。形勢は想像したようにこちらの方が有利に見えた。
最初は味方だと思っていたゴブリンが敵だとわかり、ゴブリンどもが迎撃し始めたようだ。が、やはり進化ゴブリンにはかなわない。成獣に未成獣がかかるようなものだからだ。
それでも敵のゴブリンともが圧倒されないのは数が多いからだ。けれど、その数の有利は俺が潰している。
「うん?」
俺は一体のバグベアを目にとめた。執拗に村人を踏みつけている。
「あれは……」
はじかれたように俺は駆けだしていた。あっという間に駆けつけると、バグベアを殴り倒した。
「あ、あんたは──」
踏みつけられていた村人を見下ろし、俺は息をひいた。顔面が踏みつぶされてはいるが、それでもわかる。ペネワーの父親であるボーツロフだ。
俺は屈み込んでボーツロフの胸に手を当てた。動いていない。
「くっ」
俺は歯噛みした。洞窟でぐずぐずしていたことが悔やまれる。一時間早く村に到着していたなら犠牲者はもっと少なくてはすんだはずだ。
「おい」
俺は立ち上がり、振り向いた。眼前、倒れていたバグベアが立ち上がっている。
牙をむいてはいるが、すぐに襲いかかってはこない。俺のような非力そうな人間に殴り倒されたことが信じられず、様子を窺っているんだろう。
「よくもボーツロフさんを……ペネワーの父親を殺してくれたな。お前は……お前だけはただですむと思うなよ」
俺はバグベアを睨みつけた。ぎくりとしてバグベアが後退る。
が、すぐに思い直したように牙をむいた。俺にびびったことに屈辱を覚えたのかもしれない。
その屈辱を打ち砕くようにバグベアが殴りかかってきた。おそらくは成獣の羆すら凌ぐ膂力を込めて。
俺は無造作にバグベアの腕をはねた。同じバグベアの膂力である。
ガシリッ、と重い音がした。バグベアの腕が大きくはねあげられている。
バグベアの顔が驚愕にゆがんでいた。さっきまで踏みにじっていた人間と同種の存在に攻撃をはじかれたのである。優越感が砕かれた顔つきだった。
バグベアの目の色が変わった。同等の敵と判断したのかもしれない。
吠えると、はねあげられた腕をバグベアが振り下ろしてきた。がしりと受けとめる。
驚くことはなかった。俺はバグベアの膂力を喰らい、同等の力を得ている。
「同じだと思うなよ。俺はお前より強い」
俺はのばした人差し指をバグベアの額に突きつけた。
本当はバグベアを眷族を加えた方がいいだろう。が、こいつだけは別だ。ペネワーの父親の命を奪った責任はとらせなければならない。
つぎの瞬間、俺の人差し指の先に魔法陣が現出、魔力が噴出した。弾丸と化した魔力塊だ。
バグベアの頭部が吹き飛んだ。血と脳漿、骨片がばらまかれる。
どう、と。地響きたてて、バグベアが地に倒れた。死んでいるのは明白だった。
その後、さらに数匹のゴブリンを俺はとらえた。辺りを見回すと、その頃にはもうほとんどの戦闘は終わっているようで、喧騒は静まっている。
生きている、もしくは動ける者は俺の眷族ばかりである。俺達は勝ったのだった。
翌朝早く、進化ゴブリンたち──俺がさらに眷族にしたゴブリンも含めて──が死んでしまったゴブリンたちの始末を始めた。村から離れた場所に埋める。
殺された村人たちは村の者たちの手で共同の倉庫に運ばれた。葬儀をすませてから葬るのだという。
黙々と働くゴブリンたちを村の者たちが奇異の目で見守っていた。当然だ。昨夜襲ってきたゴブリンと同種なのだから。
が、誰も何もいわなかったのは、そのゴブリンが自分たちを助けてくれたことを理解しているからだろう。
「それじゃ、俺はいくよ」
告げると、ペネワーが驚いた顔で俺を見つめた。
「いくって……どこに?」
「いっただろう。北さ」
「北……。この村を放っていっちゃうんですか?」
抗議する目でペネワーが俺を見た。すまなさに俺は目を伏せた。
「ああ。ここに俺がいても特別力になれることはないからね。俺の魔法は今のところ戦うことにしか使えないし」
「そんなことないです。シェーン様はいてくるだけでわたし──わたしたちの力になってくれるんですから」
「買いかぶりすぎだよ」
「そんなことありません。それに、また別のゴブリンが襲ってくるかもしれません。そうなったらシェーン様がいてくれないと」
ペネワーが縋るような顔でいった。目には光るものがある。が、俺は首を横に振った。
「村にはゴブリンとバグベアを残していく。こいつらは進化した奴らなんだ。夕べ見たとおり、普通のゴブリンじゃかなわない。もう俺は必要ないよ」
「あります!」
身をもむようにしてペネワーが叫んだ。さすがに俺は驚いた。ペネワーにしては珍しい声だからだ。
自分でも気づいたのだろう。咳払いすると、ペネワーは声を低めた。
「あります。少なくともわたしには。だから、ここに残ってください。もっと恐ろしい怪物が襲ってくるかもしれないし」
ペネワーが懇願した。けれど俺は首をもう一度横に振った。
「心配はいらない。その時はきっと俺は戻ってくるから。今度は遅れないように」
告げると、俺はゴブリンたちに集まれと命じた。
「俺はいく。お前たちはこの村に残るんだ。刈の主はここにいるペネワー。彼女の命令は俺の命令と同じだ。守るんだぞ」
「わかりました、主よ」
一斉にゴブリンたちがうなずいた。
「……調子のんなよ」
声が降ってきた。ガガだ。
「ずいぶん久しぶりてすね。何してたんですか?」
俺は問うた。するとガガがふふんと鼻を鳴らした。
「うるせえな。俺だっていろいろあんだよ。忙しいんだ。お前の世話ばかりやいてられねえんだよ」
「そうなんですか」
嘘つけ、と思いながら、けれど俺はおとなしくうなずいておいた。それよりも気にかかることがあった。
「で、調子のんなって、どういうことですか?」
「ああん」
上からガガが睨みつけてきた。
「さっきの村のことだよ。シェーン様なんて呼ばれてニヤニヤしやがって。ちょこっとゴブリンを斃したぐらいのことでいきがるんじゃねえぞ」
「いきがってないですよ、別に。ゴブリンを斃したくらいで。この先、もっと凄いのとやらなくちゃならないんですから」
「それが調子のってるっていうんだよ。まあ、いい。ペネワーとかいう女の子のことをポラーにいいつけてやるからな」
「えっ」
俺の脳裏に秀麗な美少女の顔が浮かんだ。美しく、恐ろしい女の子だ。怒らせると、俺なんか簡単に引き裂かれてしまうだろう。
「すいません。調子にのってました。ポラーにはいいつけないでください」
俺は謝った。いつかぶん殴ってやろうと心に誓いながら。
「あれは……」
シェーンが去って数日経った頃である。木陰からじっと村の様子を窺う目があった。
その目には驚愕の光がある。信じられぬものを見るように目は大きく見開かれていた。
「……ゴブリンが村を支配している? いや」
ゴブリンの様子。村人の態度。とてもゴブリンが力ずくで支配しているようには見えなかった。
ゴブリンに獰猛なところは見受けられないし、村人が恐怖している様子もない。どころか笑いあっている者たちまでいる。
「ゴブリンが笑うだと?」
巡教士は首を傾げた。
彼の知るゴブリンも笑うことはある。が、それは獣じみた下卑た笑みだ。
ところがどうだ。あのゴブリンたちは実に人間じみた知性ある笑みをうかべている。
よく観察してみれば、どこか今まで見たゴブリンと眼前のそれとは違っているようだ。体格も違うし、人間味のようなものがあった。
さらに驚くべきことがあった。村人とゴブリンが共同で作業を行っているのだ。
「まさか……共存しているのか?」
巡教士は声を失った。
人と怪物が共存している。そのようなことがあるものなのか。
「何が起こっているんだ」
呟くと、巡教士は後退った。恐ろしいものから逃れようとするかのように。
「これは冒涜だ。急ぎ聖女様に知らせなければ」
逃げるように巡教士は駆け出した。
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