第26話 洞窟襲撃

「あれか」


 木陰から顔を覗かせ、俺は洞窟を眺めた。


 かなり大きな洞窟だ。ゴブリンの巣窟である。


 ここまでゴブリンたちに案内してもらった。さすがにゴブリンたちの行動範囲を熟知しているようで、ゴブリンたちとの遭遇はなく、ここまでたどり着いたのである。


「仲間は何匹いるんだ?」


 俺が問うと、ゴブリンの一匹が三十ほどだとこたえた。しかし他にホブゴブリンが三匹いるらしい。


 ホブゴブリンとはゴブリンの上位種だ。知力も体力も普通のゴブリンのそれを上回っており、ゴブリンの群れのリーダーであったり、用心棒であったりするらしい。


 ゴブリンはもとより、ホブゴブリンであってもたいした敵とは思えなかった。けれど数が多い。上手くやる必要があった。


 手段がないわけではない。魔法だ。


 攻撃魔法の他にも、俺が使える魔法があった。それを使えばゴブリンくらいなら何とかなりそうだ。


 俺は気配を探った。蜘蛛の感知能力だ。


「近くにはいないようだな」


 気配がないことを確認し、俺は木陰から身を滑り出させた。そろそろと洞窟に近寄っていく。


 多勢に無勢。それを制する術を俺はもっている。


 誘眠。俺が使うことのできる第二の魔法だ。


 洞窟の入り口に達すると、俺は掌を奥にむかた。呪文の詠唱とともにイメージ喚起。霧で相手を包み込む映像だ。


 次の瞬間、俺の掌から霧に似た水蒸気のようなものが噴出した。直後、第三の魔法起動。風の召喚だ。


 風の召喚は最も基礎的な魔法だが、有用なものだとバベルから教えられた。魔力の大きさ次第で微風から暴風まで操ることができる。まあ、今の俺なら弱レベルの風だが。


 俺が呼んだ風に吹かれ、眠りの霧が洞窟の奥へと流れていった。しばらく待つ。


 魔法とはいっても、全ての者に効果はあるかというと、違う。実行者より力がある者には抵抗されてしまうのだ。


 が、この場合、俺はあまり心配してはいなかった。いくらホブゴブリンとはいえ、しょせんはゴブリンだ。抵抗されとは思えなかった。


「そろそろかな」


 魔法の効果時間が終わるのを見計らって俺は洞窟に足を踏み入れた。眠りの魔法は効果範囲内のすべての者に影響を及ぼすので注意が必要だ。


 光球を現出させ、俺は洞窟内を進んだ。あちこちにゴブリンが横たわり、寝息をたてている。


 一匹ずつ蜘蛛の糸で縛りあげ、猿轡をかまし、俺はさらに進んだ。そして、最奥。


 ゴブリンとは明らかに違う大柄のゴブリンがいた。中学生位の体格か。ホブゴブリンだ。


 話に聞いた通り、ホブゴブリンは三匹いた。こいつらもすやすや眠っている。


 俺は素早く蜘蛛の糸で縛りあげた。すると、しばらくして異変に気づいたのか、ホブゴブリンたちが目を覚ました。


「ナ、ナンダ、オマエハ?」


 俺を見とめたのだろう、ホブゴブリンが芽を見開いた。それから縛られていることに気づき、身をもがかせた。が、蜘蛛の糸が切れることはない。


「人間だよ、俺は」


 俺はこたえた。するとホブゴブリンたちが怪訝そうに顔をしかめた。


「ニン……ゲン?」


 もしかするとうっすらとではあるが気づいたのかもしれない。俺がゾンビーであることに。


「お前たちはアンデッド化してもらうぞ」


 歩み寄ると、俺はホブゴブリンたちの首を噛み裂いた。それから他のゴブリンたちも。


 ゴブリンたちは数が多いので、すべてを噛

終えるのにはけっこう時間がかかってしまった。終わった頃には黄昏時になっていた。


 さらに数時間。夜が更けた頃、倒れていたホブゴブリンたちが身を起こした。


「主よ」


 ホブゴブリンの一匹が俺を見た。ぎごちない喋り方であったのが、人間のそれに近くなっている。


「俺に従うなら糸を解いてやる。どうだ?」


 俺が問うと、ホブゴブリンたちがこくこくとうなずいた。


「わかった」


 俺は糸を解いた。するとホブゴブリンたちは立ち上がった。おとなしく佇んでいる。



「聞きたいことがあるんだ。近くに村があるだろう?」


 俺は訊いた。するとホブゴブリンたちがうなずいた。


「その村をお前たちは狙っていたのか?」


「はい」


 ホブゴブリンたちがうなずいた。けれど俺は違和感を覚えた。


 ゴブリンたちの数は多い。が、小村とはいえ、村人も少なからずいる。そう簡単には襲えないはずだ。


「襲うのは勝手だけれど、お前たちの被害もかなりの数になるはずだ。それでも襲うつもりだったのか?」


「はい。他のゴブリンの部族と話がつけてありましたから」


「えっ」


 驚いて、俺は息をひいた。そんな話は聞いていない。


 村長は森に住むゴブリンたちのことは言及していた。けれど、他のゴブリンのことはいっていなかった。村長も知らないゴブリンの部族がいるというのか?


「別のゴブリンの部族がいるのか?」


「はい。少し離れた谷に住むゴブリンの部族です。数も多く、ホブゴブリンだけでなく、バグベアもいる強力な部族です」


「そんな……」


 俺は言葉を失った。森のゴブリンたちがいなくても、そんなゴブリンの部族に襲われたなら村はどうなるか。


 ややあって俺は声を押し出した。


「で、何時、村を襲撃するつもりなんだ?」


「今夜です」


「何!」


 はじかれたようにオレは振り返っていた。洞窟の外に走り出る。


 外はすでに日が暮れ、闇が降りていた。曇天であるのか、月は見えない。


 しくじった。悔しくて、俺は唇を噛んだ。


 ゴブリンたちのそのような計画を知らなかった俺は、無為にこの場で時を過ごしていた。すでに夜。もしかすると襲撃はおこなわれてしまっているかも知れなかった。


「行くのか?」


 空から声がかかった。ガガのものだ。


「行く。行かずにおくもんか」


「ふうん。行くのはいいが、簡単にはいかないぞ。ゴブリンにホブゴブリン、それにバグベア。多勢に無勢だ。いくらお前でもさばくのは難しいぜ」


 そう告げるガガの語調には、いつものからかうような響きはなかった。



「うん?」


 男は目を眇めた。門を叩く音がしたからだ。


 ヘデチュイ村。夜になれば門は固く閉ざされ、門番がつくことになっている。男は、その門番であった。


「今頃、何だ?」


 男は首をひねった。夜に村を訪れる者などめったにいないからだ。


 が、皆無というわけでもなかった。旅人がたどり着くこともあるし、帰宅が遅くなった村の者は、やはりいたからだ。


 この時、男は油断していた。それが男にとって悲劇となった。


 さして確かめもせず、男は門を開いた。その瞬間である。小さな影が飛び込んできた。


 影は一つではなかった。幾つもあった。


 門の側には篝火が焚かれていた。その明かりに照らされた影の正体を見とめ、男は悲鳴のような叫びをあげた。


「ゴ、ゴブリン!」


 その叫びはすぐにかき消された。群がるゴブリンに押し倒されたからである。子供並みの体躯といえど、数が多くてはたまらなかった。


「ど、どけ!」


 男はもがいた。が、無駄であった。


 群がるゴブリンたちは棍棒で殴りつけ、あるいは剣で男を切りつけた。すぐに男は血まみれの肉塊と化す。


 霞む男の視界に、その時、異様なものの姿が入り込んだ。ゴブリンなど較べようもないほどの巨躯の怪物だ。


「バ、バグベア」


 それが男の最後の言葉となった。バグベアが男の顔を踏みつけ、粉砕してしまったからである。


「グフフ。始メルゾ」


 現れたリーダー格らしきホブゴブリンが笑うた、濁流のようにゴブリンたちが村の中に躍りこんできた。殺戮の夜は始まったのである。

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