第21話 アンデッド化

「嘘」


 俺は思わず後退った。死んだはずのバグベアが口をきき、動いているからだ。


 悪夢のような光景だった。まるでホラー映画だ。


「し、死んだはずなのに…。なんかしゃべってる」


「ははあ」


 ガガがニヤリとした。


「アンデッド化か」


「アンデッド化?」


 聞き慣れない言葉に俺は首を傾げた。


「そうだ。アンデッド化。おまえ、バグベアを噛んだだろ。だからアンデッドになったんだよ」


「ふうん、噛んだからアンデッドね」


「また、でたよ、知ったかぶり。わからねえんだろ、ほんとは、よ。アンデッド化が何なのか」


「し、知ってるわい。アンデッド化だろ」


「ふうん。なら、いってろよ。アンデッド化って何なのか」


「そ、そりゃあ、あれでしょうよ。俺が噛んだからアンデッドになったってことでしょ」


「そのまんまじゃねえか。馬鹿が。って、まあ、その通りなんだがよ」


「で、でしょう。だからいったでしょ、知ってるって。そうかあ。アンデッド化かあ」


 俺は意地をはって知ってふりを続けた。ポラーがいるのでかっこつけたくなったんだ。


「ふん。適当にいったら当たっただけのくせしやがって。まあ、いい。ともかくおまえに噛まれたらアンデッドとしてよみがえるんだよ。それがアンデッド化だ」


「アンデッド化……あっ」


 俺は思い出した。ゾンビー映画の内容を。確かゾンビーに噛まれた者は、その者もまたゾンビーになったのではなかったか。


「そういうことか……いやいや」


 慌てて首を横に振り、俺は否定した。


「俺が噛んだからアンデッド化するって本当なんですか? なら、大百足や大蜘蛛もまたアンデッド化するはずでしょ」


「おまえ、大百足や大蜘蛛喰らったのは殺してからだろ」


「えっ」


 驚いて俺はガガを見直した。確かに噛みついたのは大百足たちが死んだ後だ。対してバグベアは殺す前に噛みついていた。


「もしかすると生きている間に噛みつかないとアンデッド化しないんですか?」


「まあ、そうだな。高位のアンデッドだったら死体の一部からでもアンデッドとして蘇らせることができるらしいけどよ。まあ、今のおまえじゃあ無理だな」


 その時だ。ゆらりとバグベアが立ち上がった。


「えっ」


 驚いて俺は声をあげてしまった。バグベアは蜘蛛の糸でとらえて動けなくしておいたはずだからだ。


 が、動いた。蜘蛛の糸を引きちぎって。


「そ、そんな……蜘蛛の糸の方が強力なはず──」


「──アンデッド化したからだ」


 ガガがいった。


「アンデッド化したから?」


「そうだよ。ゾンビーもそうだし、ヴァンパイアもそうだ。アンデッド化した者はあらゆる身体的能力が増大するんだ」


「身体的能力が増大!?」


 慌てて俺は身構えた。呪文の詠唱を始める。


 バグベアの一撃。それに俺は対抗することができた。かろうじてだが。


 それは熊を喰らって怪力を得たからである。が、ガガのいうことが本当ならバグベアの身体的能力は以前より上回っているだろう。今度も熊の怪力が通用するとは限らなかった。


「うん?」


 異変に気がつき、俺は呪文詠唱を中断した。バグベアが動く様子を見せなかったからだ。


 バグベアはただじっとしていた。まるで何かを待っているかのように。


「な、なんだ?」


「……主ヨ」


 バグベアが口を開いた。慌てて俺はふりむいた。バグベアの主──親玉がいると思ったんだ。


 が、いない。バグベアが主と呼ぶような奴は。


 気づくと、バグベアは俺をじっと見ていた。俺のことを。


 まさか──。


「そうだよ」


 俺の思考を読んだかのようにガガがうなずいた。


「主はおまえだ」


「お、俺?」


 思わず俺は聞き返した。バグベアの主になったおぼえなどないからだ。


「そうだよ。おまえがバグベアをアンデッド化した。だから、おまえが主なんだ。ヴァンパイアもそうだろう。吸血された者は源ヴァンパイアの眷族となってしまう。アンデッド化とはそういうもんだよ」


「眷族……」


 ゾンビーとヴァンパイア。確かにどちらも噛むことで対象を同じ存在へと変えてしまう魔物である。


 俺はポラーを見やった。こくりとポラーがうなずく。ポラーも吸血され、バベルの眷族となった少女だった。


「主ヨ。ゴ命令ヲ」


 バグベアが俺にむかって請うてきた。


「め、命令?」


 俺は戸惑った。


 突然できた眷族。どうしていいか良くわからなかった。


「どうするよ?」


 ニヤニヤしてガガが俺を見た。お手並み拝見とでもいうつもりなんだろう。


「どうするっていわれてもなあ」


 俺は困惑した。バグベアに何をさせていいのかまるでわからないからだ。


 下手に肩なんか揉んでもらったら骨を砕かれるかもしれない。馬みたいに乗せてもらうわけにもいかないだろう。


「うーんと、うーんと……あっ」


 突然、あらたな疑問を思いついて俺はガガを見た。


「あの……疑問があるんですが」


「はあん。なんだ、疑問って?」


 面倒そうにガガが顔をしかめた。が、俺はかまわず訊いた。


「あの……ゾンビーに噛まれたからゾンビーになったんですよね。ゾンビーって普通は意識もなくうろうろしてるじゃないですか。でもバグベアは意識があるようなんですけど、どうしてですか?」


「ゾンビー化じゃねえからだよ」


「ゾンビー化?」


 またわからない言葉がてできた。ゾンビー化って何なんだ。


「ああ。普通、ゾンビーにかまれたらゾンビーになっちまうだろ」


「そうですよね」


 俺はうなずいた。映画ではそうだ。


「じゃあヴァンパイアに噛まれたものはどうなる?」


「そりゃあヴァンパイアに……うん?」


 俺は気づいた。二つの事柄の明白な違いに。


「どうやらわかったようだな。ゾンビー化とアンデッド化の違いが。普通、ゾンビーに意識はない。だから噛まれた者も意識のないゾンビーになってしまうんだ。それがゾンビー化だ。

が、おまえは意識のあるゾンビーだ。そんな者はもうゾンビーとは違う。アンデッドなんだよ、おまえは。だから、おまえに噛まれた者はアンデッド化してしまうんだ」


「俺がアンデッド……」


 俺は声をなくした。正直なところ、ゾンビーであろうとアンデッドとあろうとどうでもいいと思うのだが、バグベアを見るかぎり、その考えは改めた方が良さそうだ。


 意思なく彷徨うゾンビーと理性のあるアンデッド。眷族とするならどちらが良いのかは明白だった。


「で、どうするよ? バグベアはおまえの命令を待ってるんだぜ」


「うーん」


 俺は迷った。


 本当は用心棒としてバグベアを連れていきたい。けれど、バグベアは所詮は魔物である。人目につけばどうなるかは容易に想像がついた。


 この世界で生きていく以上、人間たちと敵対するわけにはいかない。バグベアを連れていくことはできないだろう。それなら──。


「じゃあバグベアに命じる。迷宮の最奥にむかい、そこでとらわれているバベルを守るんだ」


「主ヨ。オ共ハデキナイノデスカ?」


 寂しそうにバグベアが訊いてきた。俺は首を横に振った。


「だめだ。おまえはここに残るんだ。そしてバベルを守るんだ」


「ハイ」


 うなだれるようにバグベアはうなずいた。よほど俺と同行できないことが哀しいらしい。


 その様子に、少し俺は哀れになった。けれど魔物と同行することはやはりできなかった。


「バベルのことは頼んだぞ」


 命じると、俺は背を返した。

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