第20話 バグベア

 俺はさらに洞窟を進んでいた。ポラーによると出口は近いらしい。


「あれは……」


 思わず俺は足をとめていた。前方に巨大な影を見いだしたからだ。


 人型の怪物。身長は二メートルを超しているだろう。


 筋肉をまとった強靭な肉体の持ち主だ。肩の上には凶暴そうな醜い顔がのっている。乱杭歯をむき出しにしており、口の端から涎を滴らせていた。


「バグベアだ」


 ガガがいった。


「バグベア?」


 俺はガガに目を転じた。バグベアなんて聞いたこともない。


「ゴブリン種の一種さ」


「ゴブリン?」


 これなら聞いたことがある。集団で人を襲う小さな体躯の鬼だ。


 が、目の前のバグベアは想像していたゴブリンとはかなり違っていた。小さいどころか俺よりもでかい。おまけに棍棒みたいなものを持っている。


 おそらく力は熊に匹敵するだろう。もしかするともっと上かも。


 単純に力押しできる相手ではなかった。さらにいえば昆虫型の怪物どもより多少は知恵がまわるに違いなかった。


 その時だ。俺たちに気づいてバグベアが低い唸り声をあげた。威嚇しているつもりだろう。


「来るぞ」


 ガガが警告の声をあげた。逃げろという意味を込めている。


 けれど俺は逃げなかった。もっと強力な魔物はポラーのおかげで戦わずにすんだのだ。洞窟の最後の敵としてこいつは俺の手で斃しておきたかったんだ。


 思いの外の速さでバグベアが距離をつめてきた。


 対する俺は前に出た。標的を俺にしぼらせるためだ。


 案の定、バグベアは俺にむかってきた。棍棒を叩きつけてくる。


 俺は左腕で受けた。もの凄い衝撃が襲いかかってくる。


 左腕に激痛がはしった。が、大丈夫だ。左腕にさしたる損傷はなかった。


 バグベアから驚愕の気配が伝わってきた。俺が棍棒の一撃を受けきったからだ。


 バグベアからすれば子供でもひねり潰す感覚だったに違いない。が、その見込みは外れてしまったのだ。


 バグベアの顔がどす黒く染まった。怒っている。


 当然だった。バグベアから見れば体格差で劣る者に対等に相手取られたようなものなのだから。


 いたくプライドが傷つけられというところだろう。まあ、プライドがあればだが。


 が、驚くにはあたらないと俺は思っている。


 俺は熊の怪物と戦い、その力を身につけているんだ。力だけならばバグベアには負けないつもりだった。


 俺はバグベアの棍棒をはじいた。そして跳び退った。


 俺を追ったバグベアが足を踏み出した。が、すぐにばたりと身を投げ出すようにして倒れた。


 その時になってバグベアは気づいたようだ。両足に糸が絡みついていることに。


 そう。俺の仕業だ。


 跳び退りざま、俺は蜘蛛の糸を噴出したんだ。要領は大百足の毒と同じである。

 

 攻撃の意志。それを発動すると手首から糸が噴出したのである。それでバグベアの足を縛ったとわけだ。


「ががあ」


 倒れたままバグベアがもがいた。が、蜘蛛の糸から逃れることは不可能なようだ。


 恐るべき糸の威力だった。バグベアくらいなら簡単にとらえるこもができるらしい。


 俺はさらに糸を噴出した。バグベアの動きを完全に封じる。


 後は簡単だった。魔矢でとどめを刺すだけだ。


「おまえも喰らわせてもらうぞ」


 もはや身動きひとつしないバグベアに俺は歩み寄っていった。


 じたばたするバグベアにむかって屈み込み、俺はバグベアの首に噛みついた。強靭な皮膚を噛み破り、肉を喰いちぎる。


 俺はバグベアの肉を飲み込んだ。しばらくして新たな力を得たこたをガガが教えてくれた。どうやらガガにはそういう力があるらしい。


「別段特別な力はないな。強いていうなら体力が増強したことくらいか。あとバグベアの攻撃力程度なら耐えられるようになったぜ。さっき攻撃を受けたからな」


「ふうん」


 俺は身体を動かしてみた。さして変化は感じられない。


「じゃあ」


 俺はとどめを刺すべくバグベアに魔矢をぶち込んだ。バグベアの身体が爆ぜる。


 が、大百足のように真っ二つになることはなかった。かなり身体は強靭なようだ。


 苦しいのか、バグベアは大きくもがいた。それもしばらくのことだ。


 やがてバグベアは動かなくなった。どうやら死んでしまったようだ。


 一応手を合わせてから、俺は背を返した。その時だ。


「オ……オ待チクダサイ」


 呼び止める声がした。驚いて振り返る俺の眼前、バグベアが身動ぎしていた。

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