第19話 初めての戦い

 バベルが囚われている迷宮の最深部。


 そこから地上へと到る道は基本的に一本道だった。様々な横道があり、それがさらに枝分かれしているために複雑になっているらしい。ポラーがそのことを知っていた。


 その横道の奥に色々な貴重なものがひそんでいるので、リーガーたちはそれを求めて迷宮を探索する。待っているのは魔獣などの場合もあるのだが。


 ともかく俺はその道を進んで行った。暗闇である箇所も多くあるのだが、光を灯す魔法のおかげであまり苦労なく進むことができる。


 そうでなくとも夜目の利くポーラーやガガが同行しているので、さして困ることはなかった。


 この頃には俺は身体を動かすこともかなり巧くなってなっていた。けっこう速く走ることもできるようになっている。


 走ったとしてゾンビーなので疲れることはな人い。けれど急ぐ理由もないので普通に歩いていた。


 しばらく進んだ頃だ。


 俺は怪物と遭遇した。一度戦ったことのある百足に似た怪物である。


 確かマシェソチョッヒといった。


 反射的に俺は身構えた。大百足が襲ってくる可能性があるからだ。


 ゾンビーに対する怪物の反応は様々であるらしい。まったく無視するこおもあれば、襲ってくることもあるとポラーがいっていた。


 この迷宮内においてポラーは襲われたことはないらしい。バベルの眷族であるポラーを本能的に恐れているらしい。


 この時もそうだ。ポラーに気づいたとたん、大百足は逃げ出した。


「ポラー。魔力の放出というか、気配というか、そういうものを抑えられるかい?」


 俺は訊いた。するとポラーは少し首を傾げてみせた。


「できるけれど……どうして?」


「あいつと闘ってみたいからさ」


 俺はいった。


 戦わなければ進化しない。なら、できるだけ戦うべきだろう。


 逃げてばかりいたら、何時までたってもバベルを解放することなんてでやしないのだから。それにリベンジしたいという気持ちもあった。


 大百足は俺が初めて戦った相手である。あの時は逃げることしかできなかったが、今は違う。


 違うはずだ。それを確かめてみたかった。


「そう。わかった」


 あっさりとポラーはうなずいた。俺には感知できないが、きっと気配を抑えてくれたんだろう。


 俺は足下の石を拾い上げた。大百足に投げつける。


 こつり。大百足の身体で石がはねた。


 すると大百足の動きがとまった。身をひねるようにして俺を見やる。


 ポラーの気配が消えたからだろう。俺たちを獲物と見定めたようだ。


 素早く身を反転、大百足が襲ってきた。逃げない俺を恐怖ですくんでいると思っているようだ。


 その判断は間違ってはいない。事実、俺はびびっていた。


 相手は巨大な怪物だ。熊が襲ってきたら恐怖するだろう。


 大百足はその熊よりも巨大な怪物なんだ。びびらない方がおかしい。


 けれど怯えているだけじゃだめだ。いつまで経っても進化なんかできないからだ。


 怖い。怖いけれど、やるしかないんだ。


 俺は迫ってくる大百足に震える指先をむけた。


 魔法発動。俺の指先──正確には指先の前の空間に展開した魔法陣から魔力の矢が噴出した。


 一瞬後。魔矢が大百足に突き刺さった。


 衝撃が洞窟を震わせた。爆裂したように大百足の身体が爆ぜたのだ。魔矢の威力である。


 俺は我が目を疑った。真っ二つになった大百足がのたうっている。恐るべき魔矢の破壊力だった。


 しばらくの間、大百足はのたうち回っていた。それが動かなくなった時だ。


「食ってみろよ」


 ガガがいった。驚いて俺は振り返った。


「い、今、なんて……」


「聞こえなかったのかよ。食ってみろっていったんだよ」


「な、何を?」


 俺は聞いてみた。


「何をって……。わかってんだろ。マシェソチョッヒだよ」


「マシェソチョッヒって……まさか、あのマシェソチョッヒのことじゃないですよね?」


「馬鹿か。あのも何もねえ。マシェソチョッヒはマシェソチョッヒだよ」


「いやです!」


 俺はぶるぶると頭を横に振った。百足なんか食いたくないからだ。


 昆虫食というものがある。栄養食で、食糧難対策にいいらしいが、俺には無理だ。


「何いってんだ、てめえ。そんなことでどうするよ。マシェソチョッヒくらい食えねえで、バベルが救えるとでも思ってんのか」


「そう……だよな」


 俺はうなずいた。確かにガガがいうとおりだ。


 俺はのたうつことをやめたマシェソチョッヒに近寄っていった。吐き気をこらえて顔を近寄せる。


 うげぇ。気持ち悪い。けれど我慢して口をつけた。


 味は……当然、美味くない。苦いし、ぐちゃぐちゃして気持ち悪い。それでも俺は苦労して飲み込んだ。


「おっ」


 しばらくしてガガが声をあげた。何事かと俺は目をむけた。


「いきなり……どうしたんですか?」


「わからねえのかよ。おまえはマシェソチョッヒを喰らったんだよ」


「そりゃあ食べましたから」


「わからねえやつだな。喰らうというのは、ただ食べるということじゃねえんだよ。おまえに関してはな」


 苛立たしそうにガガはいった。


「ははあ」


 はたと俺は思い出した。以前にガガがいっていたことを。ゾンビーは喰らうことによって対象の力を手に入れるとガガはいっていた。


「じゃあ俺はマシェソチョッヒの力を手に入れたんですか?」


 俺は訊いた。マシェソチョッヒの力を手に入れたといわれても、あまり自覚はない。


「そうだ。マシェソチョッヒの毒──痺れさせる毒だな。それに抵抗できる身体におまえは変わった。それくらいは俺にわかる。あくまでマシェソチョッヒの毒の程度だがな。それと毒を与える力も手に入れたんだぜ」


「毒の力……」


 俺は自身の身体を見下ろした。毒に耐える身体はいいとして、毒を与えるとはどういうことだろう。


 俺には大百足のような牙や針はない。噛みつけばいいのだろうか。


「毒を相手に打ち込むって思えばいいんじゃねえか?」


 俺の疑念を読み取ったのか、ガガがいった。


「打ち込む、かあ」


 俺は蠍が獲物に毒を打ち込む様を想像してみた。すると異変が起こった。俺の左手の爪が黒く変色したのである。


「これは……」


 俺は爪を見下ろした。黒く変色しただけでなく、爪がとがっている。


「これで毒を打ち込めってことか」


 ふうと俺は息を吐いた。する爪が元にもどった。なるほど戦闘の意志を解くと変化もおさまるのか。


 それから数日。俺は洞窟の中を歩んでいた。出口にむかっているはずだが、変化はあまり見られない。温度も変化もないようだ。


 迷っている、という恐れはなかった。ポラーが何度も出入りしていて道を覚えていたからだ。


 それはともかく、俺はこの数日で何度か戦いをこなしていた。当然だが、あまり大物ではない。


 大蜘蛛に似た怪物と大蝙蝠に似た怪物。ガミツアーとギョイアというらしい。それとエソン。こいつは熊に似た怪物だ。


 ガガによれば三匹ともそれほど強い怪物ではないらしい。が、ゾンビーにとっては大敵だ。ただのゾンビーにとっては。


 けれど俺はただのゾンビーではなかった。魔法を使えるゾンビーだ。魔矢で三匹とも仕留めてやった。すごいな魔法。


 とはいえ、手こずらなかったわけではない。たいうか、かなりてこずった。


 三匹とも動きが素早かったのだ。大蜘蛛は糸を吐きやがるし、大蝙蝠はひらひらと飛び回るし。熊も車みたいに突っ込んできた。


 対する魔矢は自動的に命中するものではない。だから当てるのに苦労したのだった。


 ともかく俺は怪物を三匹斃した。そして喰らった。大百足と同じく気持ちの良いものではなかったが。


 でも、もう大百足は喰らったんだ。どうにでもなれという諦めの心境で喰らってやった。


 得た力は三つである。蜘蛛の糸と超音波、そして怪力だ。

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