第6話 ゾンビー進化論
俺は洞窟を歩き出した。
ギメト大迷宮。
ここはそう呼ばれているらしい。あれからもう一度現れたガガが地下深くに広がった迷宮だといっていた。
キーオイラには、このような迷宮がたくさんあるらしい。地下深くにむけて広がっているものもあれば、塔のように屹立しているものもあるということだった。
何故このようなものがあるのか。理由は様々だという。
魔王が作った。大魔導師が建てた。他にも迷宮の数だけ理由はあるらしい。
が、基本的な構造は同じだ。迷宮には宝物があり、怪物がいる。より深部になるほど宝物は希少なものとなり、怪物もまた強力なものとなるらしい。
このような迷宮で死んでいる者は、つまりは迷宮に挑んだ者の成れの果だ。キーオイラでは 彼らのように迷宮に挑む者をリーガーと呼ぶ。迷宮がリーグと呼ばれているためだ。
俺が宿ったこの若者もリーガーの一人なのだろう。目的はわからないが。
リーガーの目的もまた様々だとガガはいってい
一つは当然財宝だ。宝石の原石のような自然のものもあるし、また何者かが残し金銀宝石もある。さらには魔剣などの超越道具もあるらしい。
他には名誉がある。より深く迷宮を攻略した者は優れたリーガーとみなされ、尊敬の対象となるのだ。
さらに、もう一つ。それは怪物そのものであった。怪物の肉体は貴重なのである。皮や骨などが薬になったり、武器や防具の材料になったりするのだ。
俺は迷宮をあがっていった。怪物と遭遇したが、襲われることはない。俺はゾンビーで、彼らの同類だからなのだろう。喜ばしいことなのか、悲しむべきことなのか、よくわからないが。
それはどれほど上がった頃だろうか。
「あっ!」
声がした。怪物のものではない。人間のものだ。
少し離れたところ。曲がり角から突然人が現れた。
数は四。様々な年齢の男女である。
全員、剣や戦斧等で武装していた。リーガーだ。
「でたな、怪物め!」
「気をつけろ。噛まれるとまずいぞ!」
口々に叫び、リーガーたちは身構えた。
「ま、待て!」
俺は慌てて彼らをとめた。怪物と間違われて殺されてはかなわない。まあ、ゾンビーなんだけど。
「なに!?」
驚いてリーガーたちは顔を見合わせた。それから油断なく俺を見据えて、訊いてきた。
「人間なのか?」
「そうだ。だから攻撃しないでくれよ」
俺はこたえた。
するとリーガーたちがためていた息きを吐いた。構えを解く。
「脅かさないでくれよ。攻撃するところだったぞ」
リーガーの一人がいった。
「それはこっちの台詞だ。心臓がとまるかと思ったぜ」
俺は苦く笑った。リーガーたちもまた。
「俺たちはリーガーだ。こんなところにいるんだから、君もリーガーなんだろ?」
「ああ」
ともかく俺はうなずいた。
「一人なのか?」
リーガーの一人が訊いてきた。リーグに一人で挑戦するの無謀であり、普通はしないことだからだ。
「ああ。仲間はやられた。だから脱出するんだ」
俺は適当にこたえた。早くリーガーたちから離れたいからだ。ゾンビーだとわかれば何をされるかわからない。
「そうか。俺たちは探索を続けるつもりだ。気をつけて脱出しろ」
「ありがとう。君たちも気をつけて」
リーガーたちに別れを告げて、俺は先を急いだ。
その時になって俺はおかしなことに気づいた。リーガーたちと言葉が通じたことだ。
当然、俺はキーオイラの言葉なんてわからない。それなのにどうして言葉が通じたのだろう。
そういえばガガもそうだ。ガガの言葉もわかった。
もしかしたら──。
俺が宿った肉体の持ち主の記憶なのではないか。俺は思った。それなら納得できるからだ。
が、確信はない。他の記憶はまるでなかったからだ。言葉がわかること以外は。
どれほど歩いたか。
その間、俺は常に空腹だった。それに喉も乾いていた。さっきあれほど泉の水を飲んだというとに。
たまらくなった俺は洞窟の壁に生えている苔を口にした。もし毒があってもゾンビーだから死なないという計算もあるから平気だ。
青臭い味がした。雑草を食べたら、きっとこんな味なんだろう。
体調に変化はない。苔に毒がないか、あってもゾンビーの身体には効かないかどちらかだろう。
俺はさらに苔を食べ続けた。が、まるで空腹は満たされなかった。食べても食べてもいっこうに。
そのうち、俺は異常に気づいた。腹が膨れないのだ。
食欲が満たされないのは、まだわかる。が、腹が膨れないのはどういうわけだろう。
「それがゾンビーの特性の一つだ」
声がした。
驚いてふりむくと、空に浮かぶ影があった。ガガだ。
「あ、いた」
「いた、じゃねえよ」
ガガがじろりと俺を見下ろした。
「まだ迷宮にいたのかよ、おまえ。なに、ぐずぐずしてんだ」
「ぐずぐずしてねえよ、ぼけ」
「なんだ、てめえ。口答えすんのか」
「いいえ、そんなつもりは。それよかさっきいっていたゾンビーの特性の一つって何ですか?」
「無限食欲だよ」
「無限食欲?」
俺は繰り返した。なんか嫌な響きである。
「無限食欲って何ですか? ずっと腹が減ってるってことですか?」
「まあ、そうだな。おまえの胃袋は……ええと、おまえたちの世界でいうところのブラックホールみたいなもんだからよ。いつまでたっても満腹することはねえ」
「ええっ!」
俺は悲鳴に似た声をあげた。
「じゃあ、俺は飢えたままなんですか。食べ物はどこにいってしまうんですか?」
「特別な空間さ。おまえが食ったものはそこに送り込まれるんだ」
「はあ」
俺はため息をこぼした。
「せっかく食べたのに、そんなわけのわからないところに溜め込まれてしまうんですか? なんか無駄ですね」
「ところが無駄じゃねえんだ。おまえが食ったものは、みんなおまえが自由にできるんだからよ」
「自由にできる!?」
嬉しいワードに俺は目を輝かせた。
「それはどういうことですか。自由にできるって?」
「自由は自由さ。が、まあ、今のおまえじゃまだどうしようもないな。もっと進化してからの話だ」
「進化?」
またわけのわからない言葉が飛び出して、俺は混乱した。死人であるゾンビーが進化するとはどういうことなのか。
「ゾンビーも進化するんですか?」
「あたりまえだろ。進化の意思があるものは進化するんだ。それがゾンビーでもな」
「はあ。具体的にはどうやったらいいんですか?」
「なんだ、おまえ。なんでもかんでも質問しやがって。ちっとは自分で考えろよな」
「ああ、はい。考えてみます。うーんと、うーんと……だめ。わかりません」
「諦めんの、早えな、おまえ。考えだしてから、まだ十秒しかたってねえぞ。てめらの世界のカップ麺つくんのだって三分はかかんのによ。まあ、いいや。教えてやるよ。戦うんだ」
「戦い? これですか?」
俺はファイティングポーズをとった。するとガガはたてた人差し指を左右に振った。
「違う。戦うっていってもな、なにも殴り合ったり切りあったりするだけじゃねえ。考えることも戦いだ。要するに、より高みを目指して生きようとすること。それが戦いだ。それによってのみ、進化は起こるんだよ」
ガガはいった。ひどく真面目な顔で。
「あの」
俺は質問する生徒のように手をあげた。疑問が脳裏をよぎったからだ。
「はい、君」
教師然とした態度でガガが俺を指差した。
「質問です。ゾンビーはみんな無限食欲なんですか?」
「そうだ。すべてのゾンビーが無限食欲の特性をもっている」
「ということは、他のゾンビーも取り込んだものを自由にできるんですよね。そういうゾンビーがいるってことですよね?」
「いいや、いない。少なくとも、俺は知らない」
「いない? どうしていないんですか? 長く存在するゾンビーもいると思うんですが。そういうゾンビーも戦ったりして進化してるんじゃないんですか?」
「進化しねえ」
ばっさりとガガは切って捨てた。
「進化……しない?」
わからない。戦えば進化するんじゃないのか。
「そうだ。ただ戦えば進化するってもんじゃねえんだよ。筋肉を鍛える。そうすりゃあ筋肉量は増えるだろう。けどな、それは進化とはなんの関係もないんだ」
「もしかして、進化とは生き方のことですか?」
「ほう」
死神の目に光が揺れたように見えた。楽しんでいるのかとしれない。
「なかなか。面白いな、おまえ。褒美に、進化の方法を一つ教えてやる」
「そんな方法があるんですか?」
「ああ、一つの方法だがな。生命エネルギーを進化エネルギーにまで高めるんだよ」
「生命を進化エネルギーに……? ふうん。なるほどな」
「でたな、しったかぶり。おまえ、全然わかってねえだろ」
「はい。すみません。誉められたので調子に乗ってしまいました。わかりません」
「ちっ」
派手な大人をたてて、ガガは舌打ちした。
「相変わらず面倒だな、おまえ。まあ、いい。下手につきあうと話が進まなそうだからな。勝手に話をすすめてやる。ゾンビーがどうして人間を襲うか知ってるか?」
「それは腹が減っているから」
「だけじゃねえ。無限食欲があるゾンビーは食欲魔人だから、当然、何かを食おうとする。が、襲うのは生きている人間、もしくは動物に限られている。それは何故か。ゾンビーが欲しているのは生命エネルギーだからだ」
「生命エネルギー? それじゃあ血とか肉を食べたいから襲っているんじゃないんですね」
「そうだ。食欲を満たすだけなら分厚いステーキの方がよっぽどうめえだろ。ゾンビーは無意識的に生命エネルギーを得ようとして人間を襲うんだ。で、だ。その得た生命エネルギーだが」
死神が声を途切れさせた。音がしたからだ。
声である。悲鳴だった。
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