第5話 死神問答

「どうしてそんなことに?」


 たまらず俺は訊いた。


「知らねえよ。もしかすると神にもわからねえかもな。が、まあ、それだけならまだなんとかなったんだけどよ。こっちの人間に転生するだけだからな。が、悪いことは重なるもんだ。さらに手違いが起こった」


「はあ。手違いばかりですね。手違いの大安売りというやつですか?」


「ああ、年末セールってやつだ。って、馬鹿か、おまえ。いちいちチャチャいれんじゃねえよ。話が進まねえだろ。どこまで話したっけ?」


「キーマカレーってところです」


「どこまで戻んだよ、てめえ。ちがうだろ。もう一つの手違いだろ」


「そうでした。もう一つの手違いでした。で、それは何なのですか?」


「おまえの魂が有り得ないものに宿ってしまったんだ」


「有り得ないもの?」


 ははあ、と俺はうなった。ようやく話が見えてきたからだ。


「こいつですね」


 いって、俺は自身を指さした。


「水に映ったのを見たんですが、なかなかの美男子じゃないですか。ちょっと顔色は悪いけど。手違いかもしれませんが、俺はこの人間のこと、けっこう気にいってますよ」


「はあ、その人間を、な」


 難しい顔でガガは頭をかいた。


 その様子を見て、俺は不安になった。いやな予感がする。


「あの……何か問題でも?」


「いやあ」


 ガガは苦く笑った。


「問題っていうほどのこともないんだけどよ。それが、その……おまえが宿ったのは人間じゃないんだよ」


「人間じゃない?」


 怪訝に思って俺は泉を覗き込んだ。端正な顔が映っている。


 どう見ても人間だ。角も生えてなきし、鱗もない。


 次に俺は手を見下ろした。五本の指。間違いなく人間のものだ。


 俺は非難を込めた眼差しをガガにむけた。


「人間じゃないですか。どこかおかしな点でも?」


「ま、まあ、ちょっとだけな」


「ちょっと……どこが?」


「うーん。あれだ。生きていないっていうかさ。まあ、あれだよ。おまえはゾンビーに宿ってしまったんだ。ああ、おかし」


「おかしないわ!」


 俺は思わず怒鳴っていた。


「ゾンビーにやどったってどういうことですか? ゾンビーっていやあ動く死人でしょ。意識もなくうろうろしているような」


 俺は遠くの方を指し示した。


 一体のゾンビーがのそのそと歩いている。彼らに意識があるようには見えなかった。


「けれど俺には意識があるんですよ。記憶も。山波俊介。名前も覚えている。それでどうしてゾンビーなんですか?」


「どうしてもこうしても、おまえがゾンビーなのは確かだよ。だから他のゾンビーには襲われなかったろ」


 ガガがいった。


 俺はうなずかざるを得ない。確かにゾンビーには襲われなかった。


「で、でもゾンビーって、動く死体であって意識はないんでしよ。ゾンビーなのに、どうして俺は意識があるんですか?」


「さあな」


 あっさりとガガはこたえた。そして肩をすくめてみせた。


「異界から魂がとんできたのも初めてなら、ゾンビーに宿ったのも初めて。全部が初めてなんで、正直神も混乱してるんだ。だから俺をよこしたってわけさ」


「はあ」


 俺はがくりと肩をおとした。せっかくの転生ライフがとんでもないことになっている。


「これから俺はどうしたらいいんでしょう? 人を襲って食っちゃったりするんでしょうか?」


「どうだろうな」


 ガガは首をひねった。どうにも頼りない。


「正直、よくわからねえんだよ。意識のあるゾンビーなんて初めてだからな。で、どうよ。人を喰らいたいって欲求はあるのか?」


「うーん」


 今度は俺が首をひねった。


 ものすごく食欲はある。が、特段人間を食いたいというわけではなかった。


「やっぱり異例なんだよな、おまえ。まあ、人間を襲わないんだったら好きにしたらいいんじゃね?」


「す、好きにしたら?」


「そう。どこで何をしようが勝手だってことさ。迷宮をうろつくも、街に出るも好きにしたらいい。ただし、さっきもいったが無闇に人間や動物を襲うなよな。もし襲ったら、骨まで食いきれ」


「ほ、骨まで!?」


 俺は思わず問い返した。なんかとんでもないことをいっていると思ったのだ。


 が、ガガは当然だといった。


「おまえに噛まれりゃあ、そいつもゾンビーになっちまうんだからよ。街中がゾンビーだらけなると困るだろ」


「あ、ああ」


 俺は得心した。


 映画なんかで見て、その知識はあった。まるで伝染病のようにゾンビーに噛まれた者もまたゾンビーと化てしまうのだ。


「気をつけるのはそれだけですか?」


「一番注意するのはそれだな。他には聖職者にあまり近寄らないことだな」


「聖職者に?」


 なんか嫌な感じがした。ファンタジーにおいて聖職者は正義の徒である。それに近づくなということは、俺が聖とは反対の存在であることを意味しているのではないか。


「俺った邪悪なんですか?」


「邪悪って訳じゃないさ。が、まあ、アンデッドだからよ」


「アンデッド?」


 俺は聞き返した。あまり聞いたことのない言葉だ。


「そう、アンデッド。不死者ってやつだ」


「不死者!?」


 俺は素っ頓狂な声を発していた。


「不死者って……俺、不死者なんですか?」


 なんかわくわくしてきたので俺は確認した。不死者って人々の永遠の憧れだろうからだ。


 が、ガガはつまらなそうにふんと鼻を鳴らした。


「当たり前だろ。てめえはもう死んでるんだから。もう死ぬことはねえよ」


「は、はあ」


 俺は曖昧にうなずいた。


 もう死んでいるから、これ以上は死ぬことはない。なんだかややこしい話である。


「よくわからないですけど、ともかく死ぬことはないということなんですね?」


 俺は念押しした。


「そうだ。けれど滅することはある」


「滅する!?」


 俺は訝しんで眉をひそめた。死なないのに、滅するとはどういうことなのだろう。


「さっきの聖職者のことだよ。下級の聖職者なら大丈夫だろうが、上級の聖職者の聖魔法を浴びたらアンデッドは存在そのものが昇華──消滅してしまうんだよ」


「ええっ!」


 さすがに俺は驚いた。消滅となると聞き捨てにはできなない。


「まるで吸血鬼と太陽との関係みたいだな」


 昔見た映画を俺は思い出した。太陽光をあびた吸血鬼が塵となって消滅するシーンがあった。


「なんだ。ヴァンパイアを知ってるのか?」


「はい。ていうか、こっちにもいるんですか、ヴァンパイアって?」


「当たり前だろ。ゾンビーだっているんだからよ。むしろおまえがいた世界よりも普通に怪物や魔物がいるぜ」


「すげえな、キーオイラ」


 感心して俺は首をふった。


「ともかく聖職者に出会うとまずいんですね?」


「そうだ。聖職者には気をつけろ。アンデッドにとっちゃ聖職者は天敵だな」


 告げると、ガガはすうと消えていった。

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