第4話 死神ガガ
はじかれたようにーーとはいってものろのろとだがーー俺はふりかえった。そして、あんぐりと口を開けた。
俺の背後。そこに異様なものが浮かんでいた。
青白い細面の男。美形といっていい。唇が紅をぬったように赤い。
年齢は、わからない。二十代のようにも見えるし、もっと老けているようにも感じられる。
男はマントのようなまとっていた。そして肩に大きな鎌を担いでいた。
「嘘」
すんなりと俺は声をもらした。あまりに驚いたからかもしれない。
ゾンビーと巨人だけでもびっくりなのに、さらに空中に浮かぶ奴。もう、何が何やらわからない。
ただ、ゾンビーと違い、奴とは意思の疎通がはかれそうだった。なんといっても話しかけてきたんだから。
「お……まえは、なんだ?」
「俺はガガ。死神だよ」
そいつはこたえた。
やっぱりね。そういうんじゃないかと何だか思っていた。
「なる……ほど。死神……ね」
俺は力なく笑った。もうなんでもこいという心境である。
「で、俺に何か用ですか?」
俺は訊いた。すると、そいつ──死神のガガはニヤリとした。
「ふうん。ちゃんと喋れるようになったじゃねえか」
「あっ」
俺は思わずうなった。たしかに普通に喋れている。身体の痺れたような感覚も薄れているようだ。
「さすがだな」
「さすがはいいんですが……ガガさんがいるということは、俺は死んでしまったのでしょうか? で、ここはあの世なんでしょうか? あの世だからゾンビーなんかがいるんでしょうか? あの世にはゾンビーなんかじゃなく、幽霊がいると思っていましたが」
「正解だ。半分だけだがな」
ガガが薄く笑った。
「半分?」
「そう。おまえが死んだということはあたっている。けれど、ここがあの世だということは間違いだ」
「いやいや」
俺は首を横に振った。
「死んだ俺がいるんだから、ここはあの世でしょう? 幽霊なんでしょ、俺は?」
「あの世じゃねえっつってんだろ」
面倒くさそうにガガは顔をゆがめた。
なんかむかついたが、とにかく質問を続けることにした。真相を知る必要があるからだ。
「じゃあ、死んだ俺がどうしてここにいるんだ? 顔が変わってるしよ」
「なんだ。いきなりタメ口か、てめー」
怒ったのか、ガガが目をむいた。
まずい。
慌てて俺は言い直そうとした。今、ガガの機嫌を損なうわけにはいかないからだ。タメ口をたたくのは、こいつから情報を聞き出してからでも遅くはない。
「すみません。うっかりしていました。で、教えてください。あの世でないとするなら、ここはどこなんでしょうか?」
「キーオイラだ」
「キーオイラ? ふうん。キーオイラね」
「なにわかったような顔してんだよ。わかってねえだろ、おまえ」
「すみません。うっかりしていました。キーオイラってどこなんでしょうか?」
「うっかりだらけだな、おまえ。まあ、いい。教えてやろう。キーオイラというのはな、おまえにとっては異世界にあたる世界だ」
「異世界? ははあ、異世界ね。なるほど」
「だから、わかったような顔するなっつってんだろ。本当にわかってんのか、ここが異世界だってこと?」
「はあ、なんとなく」
俺はこたえた。これは本当だ。
ゾンビーに巨人。そして、死神。異世界である方がむしろしっくりくる。
問題は、俺に関することだ。どうしてキーオイラなんていう異世界に俺がいて、おまけに顔が変わってしまっているのか。
まるで別人である。この世界の医療技術がどのようなものかは知らないが、整形手術などというレベルの話ではなかった。
「ここがキーオイラだという世界だということはわかったんですが、わからないことが二つあります」
「二つ? この状況下でたった二つ? 随分遠慮するじゃねえか。ていうより、たった二つしか疑問をもたねえのかよ、おまえ?」
「うるせえ、ぼけ」
「なんだ? どさくさに紛れて、文句いわなかったか、おまえ?」
「いってません。お礼ならいいましたけど」
「嘘つけ! そこまでいったら、さすがに嘘だとわかるわ、阿呆が。もし、もう一度文句いいやがったら、俺はもう帰るからな。いくら神に遣わされてとしても」
「神!」
俺は驚いて叫んでいた。びくりとガガが身をすくませる。
「な、なんだ、てめえ。いきなり大声だしやがって。やるのか、てめえ。声くらいで俺がびびるとでも思ってやがんのか。大声選手権なら負けねえぞ、こらあ!」
「いやいやいやいや」
あわてて俺はガガをなだめた。
「驚かすつもりもやるつもりもありませんよ。ただ、驚いただけです。神様が死神を遣わしてくれたんだと思って」
「おいおい。神は様つけて、俺は呼び捨てかよ。俺だって一応は神なんだぞ」
「あー」
俺はうなった。確かにそうだ。
「そうなんだ。一応がなんですね、死神も」
「何だ、てめえ。とげのある言い方だな。死神が神じゃ納得できねえとでもいうのかよ、おまえ。神ってついてるからには神だろ、死神もやっぱよ」
「なんか自身に言い聞かせているように聞こえるんですけど」
「うるせえな。ゴチャゴチャいいやがると、ほんとに帰るぞ。いいのか?」
「すみません。もういいません。それよりガガさんは神様に遣わされたんですか?」
「そうだよ。おまえに手違いの事情を説明しろってよ」
「手違いの事情?」
なんのことかわからず、俺は首をかしげた。神の手違いとは何なのだろう。
あることを思いついて俺は訊いた。
「もしかして手違いというのは俺が死んだことですか。本当は死ぬべきじゃなかったのに死なせてしまったとか?」
「違う」
あっさりとガガは否定した。
「おまえの死は運命だ。間違っちゃいねえ。間違ったのは、おまえがあの世にいかなかったことだ」
「あの……世? 天国とか地獄とかみたいな?」
「まあ、そんなところだ。正確には違うがな。ともかく魂が行き着くところだよ。転生を待つ間な」
「ははあ。人間が死んだらそんなところに行くんですね。だったら、どうして俺はキーマなんとかってところに来てしまったんですか?」
「カレーみたいにいうなよ、てめえ。キーオイラだ、キーオイラ。覚えとけ」
はでな舌打ちすると、ガガは続けた。
「だから手違いだっていったろ。おまえの世界の神の手違いで、おまえの魂がキーオイラに来てしまったんだ」
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