第2話 足跡
もう死んでいるふりはできない。逃げるしかないんだ。
けれど、身体の動きがギクシャクしてうまく逃げることはできない。こっちまでゾンビーになったような気がする。
もう、終わりだ。俺に気づいたゾンビーに一斉に襲われて、メチャクチャに噛み裂かれてしまうんだ。そう、噛み裂かれて……。
いやだ。
灼熱の生存本能が俺の中で燃え上がった。
一瞬で死んでしまうのならまだしも、噛み裂かれて喰われて、徐々に殺されてしまうなんて絶対に嫌だ。
助けてくれ。誰か、助け……って、あれ?
不自然なことに気づき、俺は周囲を見回した。
ゾンビーたちが襲ってこない。それどころか、俺に気づいた様子もない。
ゾンビーはただうろうろしていた。獲物を探して。
って、待て。俺は獲物じゃないのかよ。
なんだかわからない脱力感におそわれる。異性にふられたような気分だ。
まあ、いい。これはとんでもなく幸運なことなのだから。
俺の脳裏に、その時、ある事実が浮かび上がった。以前に見たドラマの内容だ。
ゾンビーは鼻と耳で獲物を感知する。ドラマではそうなっていた。
その事実を逆手にとり、主人公たちは身体にゾンビーの血をぬりたくり、ゾンビーに化けて窮地を脱したのだった。
もしかして、それと同じことが起こっているのかもしれなかった。なんらかの理由があって、気をうしなっている間にゾンビーの血を浴びたのだ。それならばゾンビーが気がつかないのも納得できる。
そうなら、これはラッキーだ。この幸運をいかさない手はない。
逃げる。ゾンビーが気がつかないうちに。
俺は脚を速めようとした。が、できない。
うまく足が動かないのだ。まるで酒に酔っているかのように。
くそ。こんな時にどうなっているんだ。
ドンッ!
な、なんだ!
いきなり響いた衝撃に、思わず俺は足をとめた。
何が起こった?
俺は振り返った。そして呆然と立ちすくんだ。
きっと俺はずいぶんと間の抜けた顔をしていただろう。目をむき、口をあんぐりと開けていたのだから。
そこにいたのは人だった。いや、人か?
そいつは身長が三メートルほどもあった。そんな高身長の人を俺は見たことがない。
有名な巨漢のプロレスラーがいる。彼の身長は確か二メートル強のはずだ。
目の前の人は、そのプロレスラーをはるかに凌駕する身体のでかさを誇っていた。まるで巨人だ。
嘘だろ。
思わず俺は心の中で叫んだ。
ゾンビーだけじゃなく、巨人までいるなんて。これじゃ、まるでファンタジーの世界だ。日本は一体どうなってしまったんだ。
うん?
俺はあらためて巨人を見た。そして表情が虚ろであることに気づいた。
まさか……。
巨人もまたゆらりと足を運んでいた。まわりのゾンビーたちと同じような。巨人もまたゾンビーだったのだ。
一体どうなってるんだ。
混乱して、俺は頭を抱え込みそうになった。が、懸命に俺はたえた。狼狽している場合じゃない。
ともかく逃げるんだ。考えるなり悩むなりするのは逃げのびた後でいい。
麻痺したような全身を動かし、俺は逃げた。とこへむかったらいいのかわからないけれど、とにかくゾンビーや巨人から離れるようにした。
かなり時間がたって、ようやく俺は足をとめた。
相変わらず洞窟の中だ。が、ゾンビーの姿は見えなくなった。
その時になって俺は気づいた。まるで疲れていないことに。
その代わり、すごく腹が減っていた。とんでまない空腹感だ。飢餓感といってもいいくらいだった。
何だか不安になった。嫌な予感がする。
あらためて俺の身体を見下ろした。そして気づいた。見たこともない服を着ていることに。
衣服の上に、分厚い革でできた上着のようなものをつけているのだ。頑丈そうなそれは、まるで鎧を思わせた。
どうしてこんなものを着てるんだろう? いつこんなものを着たんだろう?
疑問が頭の中を駆けまわった。ドッグランで走り回るコーギーのように。
その疑問にリードをつける事ができない以上、ぐずぐずしていても仕方なかった。ともかく洞窟の出口めざして歩くしかない。こんなところで立ち止まっていたら、いつゾンビーが追いついてくるか知れたものではなかった。
出口にむかっているのかどうかわからないが、ともかく俺は前進した。何の手がかりもないのだから、そうするしかないのだ。
しかし……。
ゾンビーはまだいいとして──いや、ちっとも良くはないのだが──あの巨人はなんだったんだろう。
かなり図体のでかい人……ってわけじゃないよな。そんなレベルの大きさじゃない。プロレスラーどころか、マウンテンゴリラよりもでかいんじゃないのか?
もしかして、あれも怪物なのかもしれない。ゾンビーがいるくらいなんだから、巨人がいてもおかしくはなかった。
で、ここはどこなんだろう? もしかすると日本のどこかに怪物の住む地下空洞があるのかもしれない。怪物が跋扈する地下世界というわけだ。
俺は辺りを見回したながら歩いた。出口への手がかりを見つけるためだ。
明かりはないが、どういうわけか仄かに明るかった。あとで知ることになるのだが、苔が光っているらしい。
「あっ」
俺は思わず声をもらした。足跡を発見したからだ。
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