ゾンビー・サーガ ~異界転生と追放と、悪役令嬢と聖女と、真祖と死神と、そして……俺は不死王になる!~
@gankata
第1話 ゾンビー
ううう。
声をだしたつもりだったんだけど、響いたのはかすれた呻きだった。
なんだ? なにがどうなっている?
記憶があいまいだった。交通事故にまきこまれたことまでは覚えている。
横断歩道。小さな女の子に突っ込んでくる車に気づいて、俺は飛び出したんだ。
女の子を突き飛ばした。直後、車が俺めがけて迫ってきて──。
それっきり何もわからない。きっと俺は車にはねられたんだろう。
となれば、俺は今、病院にいるにちがいなかった。声もだせないくらいだから重体なんだろう。
とくに体に痛みはない。麻酔がきいているのだ。
骨折くらいしているかもしれない。けれど、ともかく命だけは助かったみたいだ。
とりあえず俺は目を見開いた。
暗い。けれど仄かな光があって、真っ暗闇というわけではなかった。
上。
病室らしい天井はなかった。むきだしの岩肌が見える。
病室じゃない。じゃあ、ここはどこだ?
急に不安になってきた。ここがどこだか、どうしても知る必要がある。
俺は横を見ようとした。けれどうまく首をまわすことができなかった。
苦労して俺は横を見た。見えたのは天井と同じ岩肌だ。
岩でまわりを取り囲まれている。やはり病室じゃない。
となれば、どこだ?
思いついたのは洞穴だ。そうであるなら、余計わけがわからない。車にはねられた俺がどうして洞穴の中に転がっているのか。
それにもうひとつ。不安なことがある。
体が動かない。まるで痺れているみたいに。
車にはねられたせい? 脊髄損傷でもしたのか?
否定したいけど、その可能性は高かった。けれど、それなら、どうして俺はこんなところに捨てられているんだ?
頭がおかしくなりそうだった。叫びだしそうだ。
「だ……れ」
おっ。それらしき声がでたぞ。
よし。この勢いで誰か呼ぶんだ。
「だ……れ」
くそっ。か、がでてこない。誰ばっかじゃないかよ。
ガシッ。
なんだ。足に何かぶつかったぞ。痛い。
いや、待て。動かないけど、痛いということは感覚はあるみたいだ。
とーー。
ざず。
音がした。足の方で。
足音?
そう俺が思った時、また音がした。
ざず。
動いている。何者かが。足音が俺の頭の方に近づいてくる。誰かがいるんだ。
やった。
誰かわからないけれど、生きていることを伝えるんだ。そうすれば助けてくれるだろう。きっと警察に知らせてくれるはずだ。
やがて足音の主が俺の視界にはいった。じっと俺を見下ろしている。
ぎくり、と俺は驚いて身体をこわばらせた。
俺を覗き込んだ顔。それが異様だったからだ。
男である。年齢は二十代くらいだろうか。
よくわからない。それは男が日本人じゃないからだ。
くすんだ金髪。まあ、金髪の日本人は今じゃ珍しくもないが。ただ顔は日本人のものじゃなかった。
平たくはないのだ。彫りが深く、鼻がものすごく高いのである。
外人? それともすごい濃い顔の日本人?
いや、そんなことはどうでもいい。俺が驚いたのは男の目だ。
青い瞳なのだろうが、それが白く濁っていた。まるで死んだ魚みたいに。
死んだ?
そう思って、俺はあらためて男を眺めた。
顔色がいやに青白い。頬のあたりに飛び散っている赤黒いシミは血じゃないだろうか?
その時だ。
男が威嚇するようにうなった。獣のように。
それだけじゃない。歯をむきだしだのだ。
不気味な顔だった。悪鬼のような顔とはこのようなものをいうのだろう。
俺は恐怖に身をすくませた。本当は逃げ出したいところだが、かんじんの身体が動かないのだから仕方ない。
この男はなんなんだろう?
怖気とともに疑問がわいてきた。そして、ある言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
ゾンビー。
ホラー映画の定番ともいえる怪物だ。男はそれを思わせた。
嘘だろ。
慌てて俺はその考えを否定した。だってゾンビーは架空の存在で、実際にはいないのだから。実際にいたとしても、それはハロウィンの日の渋谷にだけだろう。
けれど……。
じゃあ、俺を覗き込んでいるこいつはなんだ。首のところに傷があるけど、あれは獣かなんかに噛み裂かれたものじゃないのか。
以前見た映画だかドラマだか のことを俺は思い出した。
意識不明で病院に入院していた主人公。目覚めると世界は滅びていて、ゾンビーが徘徊しているという内容だった。
もしかすると──。
俺は車にはねられて意識不明状態になっていて、その間にゾンビーがあふれている世界になってしまっているんじゃないのか。こんな洞穴の中にどうして倒れているのかはわからないが。
まずい。もしそうなら、すごくまずい。
迂闊に俺は声をだしてしまった。もしかするとゾンビーに聞かれてしまったかもしれない。だからゾンビーが近寄ってきたのだろう。
まずい。やっぱりまずいぞ。
俺が生きていることに気づかれないうちに逃げ出さないと。でも──。
俺は動こうと試みた。
ピクリ。
あっ、指が動いた。全身麻痺しているわけじゃない。
その時だ。ゾンビーらしき男が視界から姿を消した。
今だ。逃げるなら今だ。今しかない。
よし。もっと全身に力を込めて……。
俺はゆっくりと身を起こした。
やったぜ。
俺は胸の内で快哉をあげた。これで逃げることができる。
よろよろと立ち上がった。さあ、逃げるぞ。
あれ?
俺は呆然と立ちすくんだ。
目の前に別の男がたっていた。いや、別の男たちが。
男だけじゃない。女もいる。
全員、どこかに傷を負っていた。死んだ魚のような目をしている。ゾンビーだ。
嘘。
俺は愕然とした。
なんだ、このゾンビー軍団は! ゾンビーだらけなんですけど。
絶望して、俺は思わずよろめいてしまった。
がしり。
背中が何かにあたった。
反射的にふりむいた俺は見た。俺があたったものを。
それは、俺から離れていったはずのゾンビーだった。
あああああああ。めちゃくちゃまずい!
声にならない悲鳴をあげて、俺は逃げ出そうともがいた。
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