第7話 ネコのいない世界
「え?」
「え?」
私達はお互いに顔を見合わせた。
もしかしてハクアはネコを知らない?
「えっと、ネコ……さんというのはあなたのお友達でしょうか?」
あ、これはネコを全く知らない人の反応だ。
薄々気が付いてはいたのだけれど、ここは前世と違う世界なのかもしれない。考えてみれば前世に魔法なんてものはなかった。実は未来の世界で、未来では魔法が普通に存在しているという可能性も考えられるけれど、それならハクアがネコを知らないのは変だ。
まだ結論は出せないけれど、恐らくここは前世とは異なる世界、そして、ネコのいない世界なのだろう。
……ネコがいない。絶望しかない。
いや、まだ望みを捨てるな! 異世界にだってネコっぽい何かはいるかもしれないじゃないか!
私は落ちていた枝を拾った。
「あの、タチアナ?」
「絵を描きます」
ネコの絵を描こう。絵なら世界が異なっても伝わるはずだ。
「え? はぁ」
状況を飲み込めていないハクアが生返事を返してきた。私は渾身のネコの絵を描き上げ、彼にそれを見せた。
「これは……」
ハクアは私の描いた絵を見て首を傾げ、しばらく考えた後にこう言った。
「イヌですか?」
「え?」
イヌは知っているの? と言うか、イヌはいるんだ、この世界。
私は1つ思い付いたことがあった。
「じゃあ、これはどうですか?」
私はネコの絵の三角形の耳を消して、代わりに細長い耳を描き加えた。
「これは……ウサギですか?」
「じゃ、じゃあ、これは?」
今度は耳を丸く描いた。
「うーん。ネズミ……ですかね。合ってます?」
私は頷いた。
「お、全問正解ですね。やりましたよ」
私が絵当てクイズをしていると思ったらしいハクアは拍手しながら喜んでいる。その横で私は余計に混乱していた。
イヌ、ウサギ、ネズミはいる。でもネコはいない。もし私が本当に異世界に転生したのなら自分の運の悪さを呪うしかない。
そういえば、異世界でもイヌはイヌって言うんだ。
そう考えたときに、私は今何語を喋っているのだろうと疑問に思った。この世界で生を受けて、自然に覚えて、何気なしに使っていたものだ。ハクアと意思疎通ができているから異世界の言語なのは間違いない。じゃあ、思考は? 頭の中では前世と現世どっちの言語で思考しているのだろうか……。多分だけれど、現世の言語で思考している気がする。何だか今や前世の言語が曖昧なのだ。深く考えれば思い出せそうではあるのに、発した言葉が果たして合っているのか自信が持てない。だから前世の『イヌ』と現世の『イヌ』が同じ言葉かどうかがはっきりしない。
「タチアナ? さっきから変ですが、もしかして眠いのですか? 明日は町まで歩きますからもう寝ましょう」
私が黙って考え込んでしまった様子を見てハクアは気を揉んだようだった。
「……はい」
考えがまとまらなくてとても眠れそうにない。
そう思っていた私だったけれど、地面に横になって目を瞑っていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼
「……すいません。おぶって運んでもらって」
「いえ、僕も自分を基準に考えていましたので」
ハクアに大した距離ではないと言われて歩き始めたのは日がまだ低い位置にいるときで、私が音を上げたのは日が頂点に到達した頃だった。これでも結構頑張った方だと思う。彼は私をおぶることを提案し、私は渋々了承した。彼は私が走るよりも断然速いスピードで歩いた。私をおぶって尚だ。そして一切スピードを落とすことなくぶっ通しでここまで歩き切った。魔法使いには虚弱なイメージがあったけれど、とんだ体力お化けだ。
「ああ、町が見えてきましたよ。あれがブルームの町です」
ハクアが指し示す先に目を凝らすが、私にはよく分からない。この人は視力も化け物なのだろうか。
やがて私にもそれが見えてきた。町と聞いて私が想像していたものとは少し違った。それは周囲を堀と壁に覆われており、洋画で見た中世の砦を連想させた。
「あの、もう降ろしてもらって大丈夫です。もう歩けますから」
「そうですか。分かりました」
私はお礼を言いハクアの背中から降りた。おんぶされるのは正直恥ずかしかった。
町の入り口には鎧を着た兵士が門番をしていた。ハクアが彼にカードのような何かを提示する。身分証明だろうか。ハクアの顔とカードを見比べている。
「はい、確認しました。こちらお返しします。ところでソラルさん、そちらはお子さんですか?」
ソラル? ハクアの偽名だろうか。いや、ハクアの方が偽名なのだろうか。
「ええ、そうです。何分まだ小さいので身分証明を持っていないですが」
「では、こちらにお子さんの名前を記帳してください。それからお子さんの写真を1枚撮らせて頂きます。撮った写真は町を出る際に消去しますので、その際に申し出てください」
兵士は私に筒のような物を向けて写真を撮った。
「はい。お嬢ちゃん、ありがとうね。じっとできて偉いよ」
彼は私の頭を撫でた。この人は私を何歳だと思っているのか。6歳だぞ。じっとできて当たり前だろ。まぁ中身は29+6歳だけど。
「どうぞ、お通りください」
兵士に促されて私達はブルームの町へと入った。
2人並んで歩いているとハクアが話し出した。
「ソラルというのは僕の偽名なんですよ。こう見えても僕は有名人でしてね。偽名を使わないとまともに町を歩けないんですよ」
「……それは犯罪的な意味ではないですよね?」
私はハクアから距離を離すポーズを取りつつ聞いた。
「あなたは僕のことを何と思っているんですか!? もちろん違います!」
ハクアが咳払いを1つする。
「さて、今日はこの町の宿に1泊しますが、今の時間帯ではまだ宿に入ることができませんのでどこかで少し時間を潰しましょう。行きたい場所とかありますか?」
私は少し考えて頷いた。
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