第5話 旅人
街道と呼ぶには烏滸がましい粗末な道に小さなクレーターが出来ていた。クレーターの傍には横倒しになった馬車があり、さらに道の先の方には馬車を引いていたと思われる馬が興奮した様子でぐるぐると走り回っている。
周囲を見回しながら馬車に近づくと、倒れている男に気が付いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あんたは……うっ!」
彼は腕を怪我をしており、立ち上がれないようだった。
「腕の骨が折れているか、ひびが入っているようですね。適当な棒を支えにして固定しましょう」
「いや、俺なら大丈夫だからあの子を。近くに子どもがいるはずなんだ。そっちを先に頼む」
「子どもですね、分かりました」
彼が言う子どもはクレーターから5m程離れた所に倒れていた。気を失っているが、頭に怪我はなく、目立ったのは腕や足の擦り傷くらいだった。
「あなたのお子さんは無事です。気を失っていますが、大きな怪我はないようです」
「いや、その子は、俺の子どもなんかじゃない……」
「あー、では、もしかして人攫いの方ですか?」
「ち、違う! 俺は! ……いや、そうだな。似たようなもんか」
「何やら事情がありそうですが、とりあえずその腕の応急処置をしましょう」
「すまない」
彼の右腕にはひびが入っているようだったので木の枝と紐で固定して布で吊ってやった。応急処置を終えると、彼は深々と頭を下げてきた。
「礼を言わせてくれ。見たところ、あんたは旅人か?」
「ええ、僕は『旅人』です。あなたは? どうしてこのような何もない場所で倒れておられたのですか?」
「俺はこの先にあるブルームって言う町に住んでいるただの労働者だよ。今は『学びの家』って言う孤児院から子どもを連れてくる仕事を受けている最中だったんだ。……あんたも薄々勘付いていると思うが、俺は人身売買の片棒を担いでるんだよ。それで町へ戻る途中でその子どもがおかしくなって、気が付いたら吹き飛んでいたんだ。何を言っているか分からないと思うが、俺にも何が起きたかよく分からないんだ」
「そうですか。たぶんですけど彼女が爆発したんだと思いますよ」
馬車の荷台に寝かせている少女を指差して言う。
「は? 何で子どもが爆発するんだ。何かの冗談か?」
「いえいえ。爆発と言っても火薬のそれとは違いますよ。制御されていない魔力の暴発、簡単に言えば、魔法による爆発です」
「魔法? あの子は魔法使いなのか?」
「そうだと思いますよ。『学びの家』は表向きは孤児院ですが、その裏では魔法使い達が日々魔法の研究を行っている所ですから」
「あんた、随分と詳しいんだな」
「僕も魔法使いなんですよ。それにあそこには古い知り合いがいまして」
「はぁ、魔法使いか。縁遠い世界の話だ」
「それであなたはこれからどうするつもりですか?」
「どういう意味だ?」
「またいつ爆発するかも分からない爆弾をあなたは運べますか? その程度の怪我で済んだのだって運が良かっただけですよ」
彼ははっとした。
「確かにあんたの言う通りだ。しかし、運ばない訳にはいかないんだ。危険を承知で……」
「1つ提案です。この場であの子を僕に売りませんか?」
「は?」
「あなたの雇い主さんはどうせ彼女をどこかの誰かさんに売るつもりなのでしょう? もう買い手は付いているのですか? 恐らくまだですよね。ならここで僕に売ったとしても遅いか早いかだけの問題ですよね」
「いきなり何を言い出すんだ、あんた。そんな無茶苦茶な話があるか」
「金貨30枚でどうですか?」
「さ、30枚!?」
彼の声が上擦る。
「お、俺はただの運び屋だ。そういう世界の相場なんて分からないから判断はできん」
「おや、そうですか? そうですね、そういう目的であるとしてですが、例えば、妙齢の女性なら金貨15枚くらいが相場でしょうか。未通なら5枚上乗せ。見目の麗しさは時価ですね、好みがありますから。そして肝心の少女の場合は値が下がって金貨8枚くらいです。特殊な好事家だと妙齢女性の相場よりも多く出す場合もあるそうですが、まぁそれくらいになります。ああ、好事家と言えばさらに特殊な方は少年に対して……」
「もういい! もう分かったから止めてくれ。……あんたは相場の何倍もの金額を払おうとしてくれているんだな」
彼は色々なものを飲み込むようにため息を吐いた。
「分かった。あんたの言う通りにしよう」
「では、商談成立ということで。代金はここに。どうぞ、雇い主さんに渡してください」
ずっしりと重い革袋を彼の足元に置く。そしてそれとは別に金貨3枚を懐から取り出すと彼の左手に握らせた。
「そしてこれはあなたへの口止め料です。商品は旅の商人が無理矢理買い取って行ったとでも雇い主さんに伝えてください。まぁ怪しまれるでしょうが、この金額と怪我を負ったあなたの姿を見れば多少の疑念は飲み込むでしょう」
手の中の金貨を見つめながら彼は何かを迷っているようだった。そして、散々言うかどうか迷ったであろう言葉を口にした。
「なぁ、あんたはあの子をどうするつもりなんだ。俺が言えた義理じゃないことは分かっているんだが。それでも……」
「悪いようにはしませんよ。少なくともあなたが彼女を雇い主に引き渡した後に彼女に訪れるであろう未来よりはマシな自由を提供することをお約束します」
「きっと元来の彼は子どもを売り買いすることなんて耐えられないような優しい人なんでしょうね」
遠ざかっていく馬車を見送りながらぽつりと呟く。
「さて、すっからかんになってしまいましたが、面白いものを拾いました」
足元では少女がまだ眠っている。
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