第3話 実験

 その日、研究所の第3管制室では慌ただしく実験の準備が行われていた。

 研究員達は若干色めきだっていた。それはナサリエルも同じだった。なぜなら、今日の実験では1035番のウル・タウル機関開発研究における6年の成果が出るかもしれないのだ。事前の簡易実験でも1035番は驚異的な数値を叩き出していた。彼女はこの実験が魔法史における偉業になると確信していた。故に今日はヴェルステッドも実験に立ち会っていた。

「ナサリエル主任、準備が整いました」

 研究員の1人がナサリエルにそう告げる。

 彼女はヴェルステッドに視線を送る。彼の無言を肯定と捉えた。

「これより1035番のウル・タウル機関実験を開始します」

 ナサリエルは宣言し、手元のコンソールの『102実験室』のスイッチを押してマイクに顔を近づけると、管制室メインモニターに目をやる。そこには椅子に拘束された1035番が映し出されている。1035番の四肢に何本ものコードが繋がっている。胸と頭には金属製の拘束具が装着されており、やはりコードが繋がっている。それらコードは1035番の隣に設置された大型の機器に接続されている。

「おはよう、1035番。気分はどう?」

『……おはようございます、ナサリエル。体調に問題はありません』

「あなたがここに来て6年が経つのよ。今日の実験はあなたの集大成と言えるわ。頑張りましょう」

『了解しました』

「それじゃあ、1035番、魔力炉を稼働させなさい」

『了解しました』

 計器をモニタリングしている研究員が小さく「すごい」と呟くのが聞こえた。

「魔力生成量が毎秒10万を超えています。……まるで人間魔力生成所だ」

 管制室にどよめきが起こる。

「次のフェイズに移行します。室内の魔素供給量を減少させてください」

 ナサリエルの指示により先程とは別の研究員がコンソールを操作する。

「はい。現在102実験室内の魔素量は60%です。20分毎に供給量を10%ずつ減少させます」

 実験は順調に進んでいた。



「最終フェイズに移行します。1035番、あなたの魔力炉の出力をこちらで操作します。命令があるまで魔力炉を稼働させ続けなさい」

『了解しました』

「操作術式を流してください」

「はい。現在の1035番の魔力炉出力を5%に設定。これより出力を10%まで上昇させます」

『……』

 1035番の様子に変化はない。

「出力を順次上げてください」

「はい。15%に上昇させます」

 特に変化はない。その後徐々に出力が上げられていく。


『……っ』

 出力を60%まで上げたとき、1035番の顔が苦痛に歪んだ。

 魔力炉が生成した魔力は繋げたコードを通して体外に排出させているが、生成量に対して排出量が間に合っておらず、魔力が1035番の身体に漏洩して痛みを与えているのだろう。

「現状、出力の限界値は57~59%と言ったところでしょうか。……ヴェルステッド様?」

 そのとき、ナサリエルはヴェルステッドの異常に気が付いた。彼はそれまで実験の進行に対して一切口を出さず、椅子に座ったままいつもの様子で淡々と経過を見ていた。それがナサリエルの隣に立ち、呆然とモニターに映る1035番を見つめている。ナサリエルは今まで彼のこんな表情を見たことはなかった。

「……」

 ヴェルステッドは出力を操作している研究員の元へ行くと、彼を押しのけ、コンソールを操作して出力を一気に80%まで上げた。途端、1035番は身体を跳ね上げて激しく痙攣を始めた。

『あああああああああ!』

 全身から体液を吹き出し、毛細血管が破裂したと思われる血が目と鼻孔から垂れ始める。誰が見ても1035番は危険な状態だった。

「ヴェルステッド様!? な、何を……」

「そのままこの状態を維持し続けろ! 何があっても絶対にだ! いいな!」

 ナサリエルの問いかけには応えず、ヴェルステッドはその場にいた研究員に命令すると、管制室を飛び出していった。

「しゅ、主任」

「先程の命令を遵守してください! 私は所長を追います」

 狼狽える研究員に指示を出してナサリエルはヴェルステッドの後を追った。理由は分からない。だが、彼が向かった場所は分かっていた。

 102実験室の扉が開いていた。1035番の苦悶の絶叫が聞こえる。

 そのとき爆音がした。

 ある程度距離の離れている彼女の元にまで強い魔力を帯びた猛烈な突風が来る。思わず閉じた目をゆっくり開くと、102実験室前の廊下の壁を背に倒れているヴェルステッドを見つけた。

「ヴェルステッド様!」

 駆け寄るナサリエルを手で払い、彼は笑い出した。

「はははは……。ついに……ついに掴んだぞ」

 そして、よろよろと立ち上がると、彼女に何も告げずその場を去って行く。

 近づき難い雰囲気に、何も言えず、ただその背中を見送ったナサリエルだったが、はっとして実験室の中へ入り1035番の様子を探る。

「1035番! ……生きてはいるわね」

 1035番は意識はなかったが息をしていた。汗や涙や血に塗れ、見た目こそひどい状態だったが、命に支障を来すような外傷はなく、気を失ったことで魔力炉も止まっていた。

 先程の爆発は膨大な魔力の暴走によるものだと思われた。部屋の隅に転がっている各種測定機器の損壊具合がその衝撃の強さを物語っていた。

(実験は一応成功、と言ってもいいのだろうけど、壊れた機器の交換費用を考えると頭が痛くなるわ)

 ナサリエルは溜息を吐いた。

(それにしても……さっきのヴェルステッド様は一体どうなされたの?)

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