第14話 え?ファーストダンスのお相手って、お兄様じゃないんですか?

「……凄いね、ローズ。いつもすごく可愛いけれど、今日はとても綺麗だね…」


 私を見たお兄様の、開口一番のセリフがこれだった。


 いや、もう……どこの乙女ゲームの攻略キャラのセリフだよって感じですよね、ホント。

 攻略キャラなんだけどさ、この人。


「お兄様も、すごく素敵です。いつもこんなに素敵な姿で夜会に行ってらしたんですね」


 同じ赤の髪だから、黒い燕尾服が良く似合う。

 普段夜会に家族が行くような時間には、私はもう自分の部屋にいたから。この姿を見たのは、実は今日が初めてだったりする。


 まぁ、ゲーム画面では何回か見たことあるんだけどね。

 あれはノーカンでしょ。普通に考えて。


「今日のローズに比べたら、お兄様なんて霞んでしまうよ。そのくらい本当に綺麗だよ。……正直、家の中に閉じ込めておきたいくらいだ」


 お兄様お兄様、それは妹ではなく婚約者とか恋人とかに言うセリフです…!!


「なんでこんなに素敵なレディになったローズを、あろうことか碌でもない男たちの前に連れていかなければならないのか……。あぁ…見せたくない……」


 あ、あれ…?お兄様にヤンデレ設定とか、あったっけ……??

 確かに妹を溺愛してますっていう描写は、あった気がするけど……。ここまでだった、か……?


 とはいえこのままと言うわけにもいかない。


 っていうか、さっきから執事やら侍女やらが何やら刺すような抗議の視線を向けてきている気がしなくもない。

 主にお兄様付きの執事と侍女から。


 時間がね!!迫ってるからね!!

 早くいけってことですよね分かってます!!


「お兄様。今日は私の社交界デビューの日なんです。喜んでは……下さらないのですか…?」


 こうなったら、秘技!!可愛い妹の上目遣い!!


 どうだ!!これでお兄様は落ちるだろう!!

 ちなみにお父様は一発K.O.だったからね!!お墨付きだよ!!


「まさか!!ローズを初めてエスコート出来る相手に選ばれて、ものすごく光栄だよ!!」

「でしたらどうか……私を夜会に連れていって下さいな」


 黒いレースの長い手袋をした手を差し出せば。

 躊躇いもなくその手を取ってくれるお兄様。


 うん、完璧。


 ただし、これが恋人同士とかだったら、ね。


「ローズは……本当に素敵な女性になってきているんだね…。嬉しいけれど、お兄様は少しだけ寂しいよ」


 完璧なエスコートで馬車に乗せてくれて、お城へと向かう道すがら。そんな風にお兄様は言うけれど。


「いいえ、私はまだまだです。だって今日ようやく、お兄様に手を引かれて社交界デビューするんですもの」

「ふふ。可愛い妹の手だったら、いくらだっていつだって引いていくよ」

「そう言ってくださるお兄様の事、私は大好きですわ」

「お兄様も、ローズの事が大好きだよ」


 きっとこの家族愛のセリフが、いつか本当に愛するたった一人の女性に向けられる日が来るんだろう。

 それを考えると、私の方がちょっと寂しい。


 でも、まぁ……。正直、それが本来の在り方だろうからね。

 妹に言うセリフじゃないでしょ、これ。

 私も大概だろうけどさ。

 だって本当にお兄様大好きなんだもの。仕方ないじゃない。


 そんなことを思いながら馬車に揺られていれば、すぐにお城へと到着して。

 会場へと入れば、色とりどりのドレスを纏ったデビュタントたち。


 ちなみにこの国は、デビュタントだからって白のボールガウンじゃなきゃいけないとかいう決まりはない。

 まぁたぶん、それしたら画面が華やかじゃないからとかなんだろうけど。開発陣的に。

 でも結婚式は白じゃないといけないってあたり、どう考えてもウェディングドレス意識してるなーって思った。



 なんて、どうでもいい事を考えていたら。

 ひと際大きな音楽が鳴り響いて、国王陛下と王妃陛下の入場が告げられる。



 そして、続いて王太子殿下の入場も。



 恐ろしい事に、今日の王太子殿下様はそれはそれは素敵なほどに仕上がっていて。

 撫でつけた青い髪も、端正な顔立ちに精悍さが加えられる要因の一つになっていた。


 ホワイトタイである白い蝶ネクタイに黒い燕尾服という礼装も、超一級品が使われているのだと一目で分かってしまう。

 それなのにそれを軽々と着こなす辺りは、流石に王族だと感心せざるを得なかった。


 まさに、完璧な王太子様。


 そう、この人が。

 私の死亡フラグに繋がっている人でさえなければ。


(観賞用だけなら、十分楽しめるんだろうけど。死ぬ可能性があるのに、わざわざ自分から関わりたいとはどうしても思えないのよ…)


 だから今日も、避けて避けて避けまくってやる…!!



 そう、思っていた私の思惑は。


 そのすぐ後に、もろくも崩れ去った。



 だって……。



「え?ファーストダンスのお相手って、お兄様じゃないんですか?」


 行っておいで、なんて送り出すお兄様。


 確かに出来る限り、デビュタント同士で踊るのが通例らしいけれど。

 でも必ずそうしなければいけないというわけでもない。


 なのに、どうして…?


「お兄様もローズと踊りたいのはやまやまなんだけれどね。流石にファーストダンスだけは、ちゃんとデビュタント同士で踊っておいで?」

「そんな…お兄様……」

「あぁ、ローズ。そんな顔をしないで?その代わりファーストダンスが終わったら、お兄様と一緒に踊ってくれるかい?」


 分かってる。分かってるんだ。

 これがお披露目のための夜会なんだって。

 だからデビュタント同士で踊るのが通例になってるんだって。


 分かってるんだけどぉ…!!!!


「大丈夫。今日のデビュタントたちの中で……いや、この夜会会場の誰よりも、ローズが一番綺麗で輝いているから」



 そういう事じゃないんですお兄様ぁ…!!


 今…!!今私を一人にされたら…!!



「ファーストダンスを私と踊ってはくれないか?同じく今日デビュタントの、婚約者候補殿?」



 で…………出たああああぁぁぁぁっっ!!!!!!!



 振り返った先にいたのは、つい先ほど会場入りしたはずの青王太子、その人だったんだから。





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