第15話 平穏な日々を!!プリーズギブミー!!

 来ると思ってたよ!!そうなると思ってたよ!!


 だから今日は私、お兄様から離れたくなかったのに…!!!!



「ローズ?」

「っ…!!」


 耳元で囁かれる声は、それはそれは十五歳とは思えないほどの色気を含んでいて。

 普通だったら、ここで恋が始まっちゃったり意識しちゃったりするんだろうけれども。


 私のドキッは、そういう甘酸っぱいときめきとは違う方向なのだ…!!


(これは、もしかして……ゲームの内容になるように、軌道修正されてる…!?)


 無いとは言い切れなかった。

 強制的に物語を正しい方向へ持っていこうとする、何者かの力が働いていたっておかしくはない。


 だってこれ、乙女ゲームの世界だしね!!


(でもっ……だからって…!!)


 大人しく、従ってなんかやらない。


 足掻けるだけ足掻いて、魔物化ルートからどうあっても抜け出してやるんだから…!!


「失礼いたしました、殿下。お声がけいただけると思っておりませんでしたので…」


 だから今は、極力事を荒立てないように。

 何より今日は私達はデビュタント。この夜会会場の主役なのだ。


 ダンスをしましょうそうしましょう。

 誘われたら断れない。それは相手が王族であろうがなかろうが同じ事。

 デビュタント同士が踊るのは、通例通りなのだから。


「今日デビュタントの婚約者候補は、君だけだからね。しかも最有力候補である君にファーストダンスを申し込まずに、私は一体誰と踊ればいいのかな?」


 その言い方は、どこか棘がある。


 まぁ、分からなくはない。

 貴族として、王妃候補として、現状の貴族社会を理解していれば当然の成り行きなのだから。それを思っていなかった、だなんて。失礼もいいところだ。


 でも私はあえて素知らぬ顔をしてやる。


「まぁ、殿下。先ほどいらしたばかりなのに、私とファーストダンスを、なんて。殿下と踊りたいご令嬢は大勢おりますのに、よろしいのですか?」


 登場したばっかりで私と踊れば令嬢が殺到するぞ、いいのか?


「君とのダンスなら、ファーストダンスだけで終わらせてしまうのは寂しいな」


 一度踊っただけで解放してもらえると思っているの?


「殿下もお上手ですこと。うふふ」

「君の前ではどんな男も憐れな子羊になってしまうさ」


 貴族言葉の裏側を勝手にアテレコしながらの会話は、何とも腹黒いやり取りみたいになってしまったけど。

 実際には殊勝な顔でそんなことを青王太子が言うものだから、周りはほぅとため息を吐いている。


 これじゃあまるで、この青王太子が私に片思いしているみたいじゃないの…!!



 それなのにこの青王太子ときたら…!!



「ローズ?私とのダンスの最中に、考え事?」


 なんて…!!

 踊りながら周りに見せつけるように、顔を近づけてそんなことを聞いてくるんだから…!!


(ほんっと…!!質が悪い…!!)


 これが王族のやり方なのかもしれない。

 逃げられない場所で、逃げられない状況に追い込んで、周りに勘違いをさせる。


 悔しいけれど、とても有効的なやり方だった。


(でも負けないんだから…!!)


 たとえ今は力関係や立場上、私が一番選びやすいとしても。

 学園に入ってしまえば、必ずヒロインと出会うことになる。


 その時に、この青王太子は必ず態度を変えるはず。

 狙うのであれば、そこしかないから。


「もう社交界にデビューする年齢になったのだなと、感慨深く思っていたところなのです」

「そうだね。私達も次の春には学園に入学する」

「えぇ。そこでまた新しい出会いや経験があるのだと思えば、今から胸が躍りませんか?」


 デビュタント。されどまだ大人ではない。

 その曖昧さが、学園での真実の愛につながるはずだから。


 まるで私に気があるかのように見せるのも、あと一年で終わりなのよ。


 それなら今からその準備をしていても、誰も文句は言えないはずでしょう?


「……ローズは…学園に行くのが楽しみなのかな?」

「えぇ、もちろん。まだまだ学ぶべきことが多い身ですもの」


 そして何より、あなたとの縁が切れる場所でもあるから。

 とは、間違っても口にはしないけど。


「ふぅん…?けど……」

「……殿下…?」


 なんだか少し、その目が冷たくなったような気がして。

 ついでに雰囲気も、なんかちょっと怖い気がしないでもない……。


 あれ……?フレゥ殿下って、こんなキャラだったっけ…?

 お兄様のヤンデレ気味のシスコンといい、なんかちょっとずつ私の知ってるキャラと違ってきているような……?

 気のせい、かなぁ…?


 そんなことを考えていた私の耳に。


「逃がさないからね?私は君を妃にすると、既に決めているんだ」

「っ…!?なっ…殿下…!?」


 信じられない……いや…信じたくない言葉を、告げて。

 耳元に寄せられた唇は、そのままそっと頬に口づけを一つ残していった。


「きゃああぁぁっ!!」

「見ました!?見ました!?」

「えぇ!えぇ!!今、殿下…!!」

「ラヴィソン公爵令嬢の頬に…!!」


 ちょ、っと……待ってよ……。


「これはまさか……」

「あぁ、そのまさかかもしれない」

「なるほど最有力候補というのは本当だったのか…!!」

「殿下がお決めになったのであれば、これはもうほぼほぼ間違いないだろう…!!」


 え、待って。

 ホントに待って。


「流石ラヴィソン公爵家のご令嬢だ」

「殿下の御心を射止めるなど、そう簡単な事ではないぞ」


 やられた…!!!!


 この…!!このタイミング…!!このシチュエーションで…!!


 この青王太子は、最高の場面で演出してみせたわけだ…!!

 もうラヴィソン公爵家令嬢に決めていますよという、アピールと牽制。


 何なの…!?何なの本当にこの青王太子…!!

 学園に入ったらヒロインに一途になるくせに…!!

 これじゃあ私には求婚者が現れないじゃないの!!どうしてくれるのよ!!


「どうしたの?」


 キッと睨み上げても、どこ吹く風。


 この男……!!

 必ずヒロインに擦り付けてやるんだから…!!!!



 でも、その前に。



「ラヴィソン公爵家は安泰ですなぁ!ハハハ!!」


 お父様やお兄様にそう言って寄って来る貴族たちの多い事多い事。


 正直、今すぐにでもあの青王太子を殴りに行きたい。

 許されるのなら、全力でストレートをお見舞いしたい。


 そういう、気分。



 だって、これ……。どう考えても、夜会だけじゃすまない話だから。



「お嬢様、お茶会の招待状が届いておりますが、いかがいたしますか?」


 って、翌日から早速注目の的。話題の中心。時の人。



 ふざっけんなよ!!あの青王太子!!

 学園に入るまでの一年間、この状況に耐えろって!?我慢しろっていうの!?

 ホントに何考えてんのあの男!!!!


 っていうか…!!


 私の優雅な日々を返せコノヤロー!!!!


 平和で平凡で普通な幸せで良かったんだよ!!

 注目なんてされたくなかったのに!!



 今からでも遅くない!!



 平穏な日々を!!プリーズギブミー!!












―――ちょっとしたあとがき―――



 これにて第二章、令嬢編終了です!

 そして次回からいよいよ第三章、学園編がスタートです!!

 ようやく乙女ゲームのヒロイン、登場しますので!!お楽しみに!!

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