第12話 デビュタントって…あのデビュタント?

 社交界デビューを一年後に控えたある日。


「そろそろお嬢様もデビュタントですね」

「……え…?デビュタントって…あのデビュタント?」


 紳士淑女としての第一歩。大人の仲間入り直前と認められた日の主役たちという意味での、あのデビュタント?


「はい。旦那様と奥様より、準備を始めるようにと仰せつかっております」

「……あら…」


 まだ一年。されど一年。


 そう、ここは貴族社会とはいえ現代ではないのだ。何事にも、準備には時間がかかる。

 思っている以上に、時間がかかるのだ。本当に。


「デザイン案は既にいくつか出来上がっていると報告がありましたので、現在日程を調整中です」


 あぁ、うん……。そうだよね。事後報告だよね、そりゃあ。

 だってこの家の主人はお父様で、その決定なら全員従って当然。


 もちろんそれは、私も例外ではなく。


 いや、それはいいんだ。あらかじめ分かってたことだから、そんな事はどうでもいいんだ。

 大事なのはそうじゃない…!!そこじゃないんだよ…!!


「つまり……今後一年間はとても…そう、とても忙しくなると……そういう事、よね…?」

「はい」

「社交界デビューを迎える方は、どなたでも等しく忙しくなる、のよね?」

「おっしゃる通りです」


 …………これって、さ……。



 つまりは図書館に、あの青王太子が現れることがなくなる可能性大じゃない…!?



 いや、分かってるよ!?私もなかなか行けなくなるんだってことは分かってるんだけどね!?

 それ以上に、あの魔物化ルートへのフラグに会わなくてすむなんて…!!顔を合わせなくていいなんて…!!


 それなんて天国!!!!


 いやっほぅ!!!!これでまた一歩、死亡フラグから遠ざかれる!!

 なんだかんだ理由をつけて現れていた青王太子も、流石にデビューの準備中の我が家に押し掛けるなんてことは出来ないだろうし!!


 やったあああぁぁ!!!!

 私は自由だあああぁぁっ!!!!


 いや、自由ではないけど。

 でも心は自由だ!!

 今ならどこにでも飛んでいけそうな気がするくらい自由だ!!



「お嬢様。早速ですが、明日より忙しくなりますので。しばらくの間は外出もお控えください」

「構わないわ!…あ、でも。お勉強はどうなるのかしら?先生もしばらくはいらっしゃらないの?」


 それは困る。

 私の幸せな未来のためには、今のうちに出来得る限り知識をため込んでおかなければならないのだ。

 特に魔法!!

 これは是非とも使いこなせるようになりたい!!


 そんな私の言葉が聞こえているはずはないんだけど、メイドはどこか安心させるように微笑んで。


「ご心配には及びません。お勉強の時間も、今まで通り取れるよう調整いたしましたので」


 流石私のメイド!!分かってる!!

 いや、調整したのたぶん執事とかお父様だろうけど!!


 でも本当に、それだけは無くなってほしくない時間だから。


 図書館に行けなくなるのは仕方がないとしても、その分先人から教われるだけ知恵を与えてもらえばいいのだ。

 お城から来てる家庭教師なんだし、きっと本を読むのと同じくらいたくさん知識を持っているはずだからね!!私はそう信じてるよ!!




 そうやって、若干どころじゃなく興奮しながら過ごす日々は本当に充実していて。


 体型は変わる可能性があるからってことで、ギリギリまで採寸はなし。

 その代わり今の私の雰囲気に似合うデザインを考えてくれるって事だったから、何か言われる前に注文をしておいた。

 黒のレースでお願いします!!って。


 だってほら。白だと青王太子からもらったバレッタをつけなきゃいけなくなるでしょ?

 でも黒ならつけなくていい。似合わないからっていう理由で。


 それにローズに似合う色は、どうしても赤一択だから。

 それなら折角の社交界デビュー、大人っぽくかつ華やかに行きたいじゃない?


 それならもう、赤と黒のダブルパンチしかないでしょう!!


 この見た目だよ!?存分に使わなくてどうする!!

 ちょっときつめ美人になりつつあるけど、それならそれで構わない!!むしろ利用してなんぼ!!

 特に今回は、社交界への初の顔見せなんだから。印象に残らなくてどうする!!の精神で。



 何より。


 この準備期間の一年は、本当に一切、全く、これっぽっちも、あの青王太子に会わずに済んだから。

 あの目だけ笑ってない笑顔を見なくていいって、本っ当に最高!!!!


 この調子で、どこかの子息が私を見初めて婚約を申し出てくれたらいいのに…!!

 そうしたら晴れて王妃候補から外れられるんだから!!



 なんて。


 浮かれ切っていた私は、その社交界デビュー当日に地獄に叩き落されることになるなんて。


 想像すら、していなかった。








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