第6話 立派な令嬢になるために忙しいので会えません
「母上…?」
「あらフレゥ。早かったのね」
「いえ…。どちらかといえば、母上がゆっくり廊下を歩いていたのでは?」
「あらあらまぁまぁ。女性は男性のように早くは歩けないのよ?」
「……なるほど…。それは失礼いたしました」
…………え……?
何この……え、茶番?茶番なの?まだその設定、続いてたの?
いやもう、いいんだけど。
っていうか、青王太子がここに真っ直ぐ向かってこないとこんなに早く追い付けないはずなんだから。明らかにそうなるように仕組んでいたでしょう、この親子。
もうわかってるんだから、その茶番続けなくていいんだけど……。
私これ、乗るべき?それとも黙ってるべき?
ねぇ、どっち…!?どっちが正解なの…!?
「まぁいいわ。お話したい事は全てお話出来たから、今日のところは可愛いお嬢さんに免じて許してあげる」
「ありがとうございます」
「それじゃあ私はこれで失礼するわね。またね、可愛いお嬢さん」
ちょっとお茶目にウィンクだけを残して、私が頭を下げている間に颯爽と立ち去ってしまった王妃様。
…………王妃様、割と早く歩けるじゃないですか……。
っていうか!!
ちょっと待って!!本当に待って!!
なんでこんなところに、よりにもよって青王太子と二人きりにしていくんですか…!?!?
「ローズ?大丈夫かい?」
あーー……もう……。
ほーら始まったよ。王太子殿下の天然タラシ。
「熱はなさそうだけど……もしかしてあまり体調が良くなかったのかな?お茶会の間も、一言も喋っていなかったもんね」
覗き込んできたと思えば、今度は額に手を当てて。
その上そんな事言い出すとか、ホントこの王太子様凄い素質をお持ちですね。
あと、あれだけ他のご令嬢方と楽しそうに喋ってたくせに。
なんで私の発言がなかったことに気付いてんだよこのやろう…!!
「侍医を呼んで、一度診てもらおうか?」
「いえ、体調は問題ありませんので。ただ皆様が和やかにお話されていたので、聞くことに徹していただけです」
おかげで変な言い訳をしなくちゃいけなくなったじゃないか。
個人的にはルプレア様を最有力候補にしてしまいたいので、直前の事とかはあまり言いたくないし。
まぁ、うん。本当にルプレア様を王妃にして大丈夫なのかどうかは、若干どころじゃなく不安が残るところではあるけれども。
でも、まぁ、ほら。ゲームが始まってしまえば、王太子殿下はどうあってもヒロインと出会わなきゃいけないからね。
そこから全ての物語はスタートするので、これはもう確定事項。
なんで正直、誰が最有力候補だろうと変わらないとは思うんだけどねー。
まぁ、一応?
「そうか。それならよかった。…あぁ、そうだ。その髪飾り、つけてくれていて嬉しいよ」
「折角フレゥ殿下から頂いたので、今日のような特別な日にこそ相応しいかと思いまして……」
暗に、普段はつける気ないですよーとアピールしておく。
ゲームのローズと同じとか、冗談じゃないもん。
いや、バレッタのデザインは気に入ってるけど。
というかぶっちゃけ、超好みだけど。
「そんな風に思ってくれていたんだ?嬉しいな」
でも、これ……ちゃんと正確に伝わって……
「でも普段からつけてくれていいんだよ?ローズの髪に似合うようにと思って、この色とデザインを選んだんだから」
ないですねー。
はい、全く伝わってなかったですね、えぇ。
全く。一ミリも。これっぽっちも。
はぁ……ほんっと厄介。
そのくせ。
「でも前回の黒も良かったね。女性らしさが出ていて、すごくローズに似合っていたよ」
「ありがとうございます」
ほら。そうやってすーぐ褒める。
その口は何?女性を褒めないと気が済まないの?それともそういう言葉が出てくるように教育されてるの?
万が一それが教育の賜物なんだとしたら、王家の家庭教師恐ろしすぎるわ…!!
天然タラシの王子様とか育ててどうする気だ…!!
「だから贈る日を間違えたかなって、少し反省していたんだ。あのドレスに合わせるには、この色じゃなかったなって」
いやまだその話続くんかい…!!
もういいかなー。その話は掘り下げなくていいし広げなくていいかなー。
ていうか、私そろそろ帰りたいんだけどなー。
「だから今度出かける時には、また別の物を贈らせて――」
「フレゥ殿下」
流石にこのままだと話が長くなって、一向に帰れそうにないから。
あり得ないことだと分かっていて、それでもあえて言葉を遮るように呼び掛ける。
これで不敬だとか言い出すのなら、もうそれでいいよ…!!
まだ至らぬ子供ですのでって言って、お父様に婚約者候補から外してもらうから…!!
「ん?どうしたの、ローズ」
……っていう手には、当然この青王太子が引っかかるはずもなく。
まぁ、分かってたけどね。いいんだけどね。ちゃんと話を聞いてくれるのなら。
「先ほど王妃様とお話をさせていただいて、私痛感いたしました。今のままでは、あまりに勉強不足だと」
「そう、かなぁ?私は候補者の令嬢達の中で、ローズが誰よりも進んでいると聞いているけれど?」
家庭教師いいぃぃ!!!!そんな事を報告するなああぁぁ!!!!
義務だとしてもそこは王様とか王妃様までに止めとけよ!!青王太子に報告なんかするなよ!!
あーもう!!こんなことになるなら、いっそ手を抜いておけばよかった…!!
あまりにも簡単すぎるから、つい先へ先へと学んでしまった自分が憎い…!!
「いいえ、そんな事はありません。ですからフレゥ殿下、どうか私に時間をいただけませんか?」
「時間?」
「はい」
ここでバレッタの事とか、他の令嬢に贈り物をしてくれなんて事は口にしない。そんな藪蛇になりそうなことは避けておく。
代わりに。
「立派な令嬢になるために忙しいので会えません」
キッパリと、そう告げておく。
「え、っと……。会えないって…どのくらいの期間、なのかな?」
「今の私の勉強不足を、社交界デビューまでに何とか補っておきたいのです」
「……つまり…。次に会うとしたら、その日、だと…?」
「はい」
もうね、分かった。貴族らしい言い回しで遠回しに伝えても、結局気付いてももらえないんなら。
いっそド直球で言うしかないんだって。
そんなことが許されるのかどうかは、私には分からない。
けど言うだけならタダでしょ?
だから私は、賭けに出ることにした。
この青王太子と、なるべく長い間接触しなくていいように。
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