第5話 そうだ、勉強しよう
「今日はこの後何か予定があったのかしら?」
「いいえ、何も。フレゥ殿下のお茶会の日ですから、それ以上に大切な予定なんて何もありませんわ」
それ以外何を言えというのか。
宣言通り他のご令嬢方を車寄せまで送っていくというので、あの場所で王太子殿下と四人の令嬢と別れて。私は一人、王妃様の後ろをついて歩く。
っていうか、さぁ…?
最低限の護衛と侍女だけを引き連れて歩く王妃様って、どう考えてもおかしいでしょ。
本当にご友人をお見送りした帰りだとしても、明らかに傍にいる人数が必要最低限過ぎる。
正直、これで疑うなっていう方が無理でしょ。
たぶんこれ、最初からそのつもりだったな…。
どういう意図があるのかは分からないけれど、とりあえず王家としては本気で私を最有力候補として見ているということで。
あー…………。
正直、マジで迷惑。
私は一番その候補者から外れたい人間なんだけどなー。なんでよりにもよって親子そろって私に構おうとするかなー。
ぶっちゃけ私は一刻も早く家に帰って、この気合の入ったドレスともらったバレッタから解放されたい。
だって、今の私の姿……ゲーム中のローズとそっくりなんだもん……。
本当にこのままちょっと成長すれば、そのまま画面の向こう側の世界。
……いや、まぁ…そのローズ本人なんですけどね、私。
ここがその向こう側の世界だってことも分かってるんだけど、だからこそ色々困ってるわけで。
でもそんなこと、誰に言っても信じてもらえないだろうし。下手すれば頭のおかしい子認定されて、家の中に閉じ込められるか修道院に送られるか。
流石に私を溺愛しているお父様が、修道院送りになんていう決断はしないだろうけれども。
それでもやっぱり、下手なことを言って自分の立場を危うくしたくはない。
でも……!!
(明らかに一人だけ王族と関わる機会が増えるのも、ホントに嫌…!!)
だってこんなの、明らかにフラグじゃないか…!!
なにこれ!?こんなエピソード作中になかったよね!?裏設定として本当にあったの!?
もはや自分が今どんなルートに向かっているのかすら、全く分からなくなっている。
でも王妃様にとってはそんなこと関係ないし、何よりそんなことに気づくわけがないから。
どこか上機嫌に話しかけてくれるその後ろを、ただついていくしかできない。
「そうそう。まだ数がないからって言っていたけれど、ラヴィソン公爵家からバラのジャムも献上されていたのよね。あれもとてもよかったわ」
「ありがとうございます。王妃様のお気に召していただけたようで、光栄です」
「とても可愛い色をしているのに、花弁が入っているからかしらね?スプーンで掬ったジャムは上品だったわ」
「スプーンということは…紅茶に入れて楽しまれたのですか?」
「えぇ。色合いは紅茶と混ざってしまうけれど、カップの中で揺れて踊っているようなバラの花びらたちがとても綺麗だったわ」
そんな風に手放しで褒めてくれる王妃様が、嘘を吐いているようには見えなくて。
とりあえず自分の中の色々なものはいったん置いておいて、ちゃんと会話に専念しようと思い直した。
だって、これ。
わざわざ廊下を歩きながら話すなんて、宣伝以外の何物でもないから。
王妃様は我が家の新商品を貴族たちに興味を持ってもらえるよう、売り込みの場を提供してくれているわけで。
じゃあ乗らないわけにはいかないでしょう!?
たとえそれが、どんな意味合いを持っているのだとしても。
そう、例えば。
王家にとってその方が都合がいいとか、私の婚約者候補としての地位をさらに強固なものにするためだとか。
そういう理由なのだとしても。
「食用のバラは、ようやく株が増えてきたばかりですので。なかなか化粧水や香水のように、数を作ることはまだ出来ないのですが…」
「えぇ、そうみたいね。でも色々な使い方が出来そうだから、きっとお茶の時間が今後もっと華やかになると期待しているの」
「王妃様にそう言っていただけたと父が聞けば、領民と一緒に泣いて喜びますわ」
大袈裟なようだけれど、これ割と事実。
だって国のトップだよ?王妃様だよ?
息子が王になったら国母だよ?
そんな人から、期待している、なんて言われたら。
そりゃあもう、特に一般庶民からしたらありがたいどころの騒ぎじゃない。本気で涙を流して喜ぶレベルだ。
なので私はふふっと笑いながら、軽い口調でそう告げるけれど。
王妃様には、それが本当なのかどうか見抜かれているんだろうな。こっちを振り返って、すごく優しい表情をしていたから。
「あぁ、そうそう。それでね?また新しいバラがラヴィソン公爵家から献上されて、先日ようやくバラ園に移すことが出来たのよ」
「まぁ…!」
「色々と説明をされた庭師が、今回ばかりは難しいかもしれないと言っていたみたいだけれど…」
「えぇ。繊細過ぎるバラなので、かなり調整が難しかったのではないかと思いますが」
「そうみたいね。けれど流石だわ。やはり職人というのは凄いものね」
「本当に。ぜひ一度、どんな風にお手入れの方法や合う土壌を探しているのか、聞いてみたいです」
「うふふ。流石ラヴィソン公爵家のお嬢さんね。発想が公爵と同じだわ」
「あら……」
それは……貴族令嬢としては、喜んでいいところなのかどうなのか。
令嬢には必要以上の賢さは求められていないのがこの貴族社会なので、もしかしたら私の発言はその枠からはみ出してしまっているのかもしれない。
普通なら、そんな令嬢をもらい受けようとする家はないんだけど……。
さてこの場合、これがどっちに転ぶのか。
私にとっての良し悪しがどちらなのかよく分からなくて、どうするべきなのか決められない。
いっそのこと…!!生意気な小娘ねぐらい思ってくれた方がまだマシなんですけどね…!!
まぁでも、相手は王妃様だから。そんな事思うほど、この方の器は小さくない。
そしてだからこそ、私にとっては青王太子以上に最大の障害になるんだろうな。
だってもしもこの人に、他の令嬢と比べてマシだからなんて理由で押されたら。
きっと誰も、逆らえない。
「ほら見て、こんなに綺麗に咲いているのよ」
そんな風に、一見無邪気に見えるこの顔の裏で。何を考えているのかなんて、さっぱり分からないから。
うん……。
そうだ、勉強しよう。
表に出す出さないはともかくとして、ちゃんと知識をつけておけば。
少しは対処できるようになっていないと、最後にこの人に引きずり込まれる可能性だってあるんだから。
私は一人そう決意して、王妃様の言葉に笑顔で頷くのだった。
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