第10話 挨拶だけして下が…れない、だと…!?

 そうこうしている間に、ついに私の番まで回ってきて。


 王太子殿下の事はひとまず置いておいて、まずは王妃様にご挨拶。


「本日はお招きいただきありがとうございます。ラヴィソン公爵家のローズと申します」


 本来ならば立場が上の人が話しかけるまで、目下の者は話しかけてはいけない決まりだけれど。

 今回のような場合は、こちらから挨拶しなければ常に王妃様に話をさせることになるので。必ず挨拶はこちらからするようにと教えられた。


 まぁ、うん。そうだよね。

 全員と同じやり取りとか、お茶会でまでやりたくないよね。いくら王妃様とはいえ、さ。


「あら、貴女が?バラの化粧水は私も毎日使っていますの。この庭園の中にも、ラヴィソン公爵家から献上されたバラがいくつも咲いているのですよ」

「まぁ…!ありがとうございます。きっと王妃様直々に使っていただけていると知ったら、父も領民たちも喜びますわ」


 あちらから話題を振ってくれたので、ここはそれに乗っておく。

 こういう時、特産品がある家だとお互い楽でいい。王妃様もわざわざ話題を探さなくていいからね。


「新商品が出るのを楽しみにしていると、伝えてくれるかしら?」

「はい、必ず。ありがとうございます」


 社交辞令とはいえ、わざわざ子供に伝言を託すというのは相当な事。

 どうやらかなり本気で我が家のバラの商品がお気に入りのようだ。


 これならラヴィソン公爵家もしばらくは安泰だなと安心して、さてきっとここで私の時間は終わりだろうとちらりと騎士を見上げれば。

 私の視線に気づいた彼が、小さく頷いて見せる。


(よっし!何事もなく終わる!これで帰れる!)


 そう思って、挨拶をして下がろうと僅かに片足を後ろに引いた時だった。


「さっきは急に話しかけてしまってごめんね?あまりに綺麗な髪だったから、つい」


 頭を下げる前に王妃様の横から話しかけてきたのは、紛れもない青い王太子殿下。


(…って、今!?今ここで話しかけるの!?こういうお茶会とか初めてなの!?私の後ろにまだ待っている令嬢がたくさんいるのが見えないの!?)


 そうは思っていても、声どころか顔に出すことすら出来るわけがなくて。

 代わりににっこりと微笑んで見せて、何事もないかのように答えてみせる。


「いいえ、王太子殿下。私の自慢の髪をほめてくださって、とても嬉しかったですわ」

「そう?それならよかった」


 私の受け答えは、きっと百点満点のはず。

 だからこの状態で、今度こそ挨拶だけしてとっとと帰ろうと思ったのに。


「母上、彼女と少し話してきてもいいですか?折角なのでバラ園を見せてあげたいのです」



 な ん で す と … !?



 いい!いい!!そんなのいらない!!

 バラで有名なラヴィソン公爵家の子供相手だからって、そんな気遣い全くいらないから!!


 とにかく私はあなたと関わり合いになりたくないの!!

 早くお家に帰って安心したいの!!



 なのに。



「あら、それは素敵ね。いいわ、行ってらっしゃいな」

「はい。ありがとうございます、母上」



 挨拶だけして下が…れない、だと…!?



「行こうか、ローズ嬢」

「……は、い…王太子殿下…」


 たかだか公爵家の令嬢が、その言葉に逆らえるはずがなく。


 挨拶だけしたらとっとと家に帰ろうと思っていた私の計画は、この時点で完全に崩れ去っていた。



 他でもない、王太子殿下の手によって。



(なんでこうなった!?私なんか間違えた!?そんなことないよね!?!?)


 受け答えが完璧すぎたのがいけなかったのか、それともこれすら最初から決められていたのか。


 でも王妃様は明らかに、ちょっとした世間話だけをして私を下がらせるつもりだったみたいなのに……。


 それともあれか?王太子本人が気になったから~とか、そういうやつか?

 気にいられる要素どこだよ!!


 髪か!?この髪色のせいなのか!?

 目立つのは仕方ないとしても、髪色だけで判断されたらたまったもんじゃないんですけど!?



 心の中は荒れ狂っていたけれど、表面上は何もないかのように振舞って。

 大人しく王太子殿下にエスコートされるまま、私たちはたくさんの視線を浴びながらお茶会の会場を後にした。



 明らかに、後で子供たちが親にそれを伝えるであろうことも。


 控えていた騎士たちや王妃様の口から、それがお城の上層部の人たちに伝えられるであろうことも。


 容易に想像できてしまうから、その後の事が恐ろしくて仕方なかったけれど。



 今はそういう不満をぶつけている場合ではない。



 なんとしても…!

 なんとしても、この青い王太子殿下から逃げ出さなくては…!!


 最悪嫌われてでもいい!!

 今後近づいてこないでくれれば、私の平穏は保たれるはずなんだから!!



「ごめんね?急に連れ出しちゃって。驚いたでしょ?」

「あ、の……はい…。正直驚きすぎて、どうすればいいのかよく分かりません…」


 しかも無言で歩いてはくれないとか、何なのこの拷問!?

 こっちにも少しぐらい考える時間を寄こせってんだ!!この青王太子ーー!!


「君は素直だね。それに母上への受け答えもしっかりしていたし、とても頭がいいんだね」

「いいえ、まさか…!王妃様が私に分かりやすい話題を選んでくださっただけです…!!」


 これに関しては、本当にそうだと思ってる。

 だってまだ子供だよ?難しい話なんかよりも、その子にとって身近な話題を出した方がリラックスしやすいだろうし。

 そういう事をちゃんと考えて、話題を選んでくれているはずなんだから。


 なのに。


「でも君は、ただお礼を言うだけじゃなかったでしょ?しかも親だけじゃなく領民の事にまで気をまわしていた。その年でそれが出来るのが、まさか当たり前だなんて思ってないよね?」

「それは、その……」


 なんだろう?

 別にやましい事なんて何一つないのに、尋問されてる気分になるのは。



 なんとなく、この王太子殿下は油断ならない人のような気がして。


 私が心の中でいっそう彼に対する警戒を強めたのは、致し方ない事だったと思うのだ。




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