第11話 笑顔が怖いです、王太子様…!!

「あぁ、ここだよ。君に見せたかったバラ園は」


 若干冷や汗をかきつつ、それでも表面上は何事もないかのように歩き続けていたら。

 いつの間にやら、目的地についていたらしい。


 ちなみに先ほどの話題をこれ以上掘り下げる気は王太子殿下にはないみたいで、そこだけはひとまず安心した。


「実は君の後姿を見て思い出したバラがあったんだけど、その名前が分からなくてね。教えてもらおうと思って連れてきたんだ」

「バラの名前、ですか?」


 確かに私の色合いは、真っ赤なバラを想像するんだろうけど。

 何せゲームの中でのモチーフはバラなのだ。名前もそのままだし、そりゃあバラ以外を想像することもないだろう。


 それは、分かるんだけど……。


「これだよ。この真っ赤なバラ。この名前を教えて欲しいんだ」


 笑顔でそう言いながら首を傾げる仕草は、とてもとても可愛らしいのに。


 なんでその目は、ずーっと笑ってないんですかね……?


 そのアンバランスさが逆に不気味で。

 だから私はなんとなく警戒してしまう。



 笑顔が怖いです、王太子様…!!



(なんて、言えるわけがないでしょう!?)


 なので私はただ静かに、指さされたバラの名前を答える。


「これは……ローテローゼ、ですね。赤バラといえばと言われるほど、代表的なバラです」

「ローテローゼ……ローズ嬢の名前に近いね」


 だから!!笑顔が怖いってば!!


 っていうか、このバラって現代日本にあったバラの品種名じゃない?

 そこは流石に乙女ゲームの世界だからなのか、作られた年代とか色々考慮はしてないのかも。


 でもここでアマダとか持ってこられなかっただけまし、なのかな?

 たしかあれ、スペイン語で"親愛なる"とか"最愛"とかの意味があった気がするし…。

 ビロードっぽい見た目はすごくきれいで好きなんだけどね。個人的に部屋に飾ってたりもするくらいだからなー。


 ……と、頭の中で別の事を考えて現実逃避をしてみるけれど。



 やっぱり目の前で笑ってる王太子様は、目だけが笑ってなくて怖いんだよ…!!



 内心ガクブルな私だけど、何とか表面上には出さないように必死に取り繕って。

 その甲斐あってか、王太子殿下は私の様子に気づくこともなく。今度は別の色のバラを指さして、小さく首を傾げた。


「それなら、こっちのバラはなんていう名前なの?母上が特に気に入っていて、よく部屋に飾っているんだけど…」


 少しだけ不安そうにそう聞いてくる王太子殿下の様子から、本当の目的はこれだったのかとようやく悟る。

 どうやら王妃様がお好きなバラの名前を知りたくて、私をここまで連れてきたみたいだ。


 なるほど。

 そういう表情をしていると年相応で、とても可愛らしい。


 それが何で笑顔だけは怖いかなー……


 少し残念に思いながらも、指さされた先にあるアイボリーホワイトのバラを見て記憶を引っ張り出す。


「確かそちらのバラはベンデラという名前だったと思います。少しだけ香りがあるので、小さな花束にしてお部屋に飾ると微かに香る上品な匂いがあるかと」

「あぁ、うん。確かにこの花が飾られている時の母上の部屋の中は、時折良い香りがしていたかも。正体はこれだったんだね」


 もっと香りが強い似たような色のバラで、シャンパンという品種もあるにはあるのだけれど。あれは人によってはちょっと香りが強すぎるかもしれない。

 そういう意味では、気付かれないけれど時折思い出す程度の香りを持つバラを選んだ王妃様は、流石上品な方だなと思う。


「ありがとう、ローズ嬢。君のおかげで気になっていたことが解決したよ」

「お役に立てたのならば光栄です」


 なので私をそろそろお家に帰してください。


 言葉にはしないけれど、心の中で強く強く、強く願う。

 もう私はとにかくお家に帰りたい。一刻も早く魔物化ルートから逃げ出したい。

 この青い王太子殿下に捕まったままじゃ、いつ何時何が起こるか分からなくて怖すぎるっ。


 なのに。


「ねぇ、また今度時間がある時に、色々なバラの名前を教えてくれないかな?」

「……え…?」


 何を、言い出しているのかな?この青い王太子様は。


「このバラ園は母上のお気に入りで、私も時折訪れる場所なんだけれどね。やっぱり名前が分かったほうがより楽しめると思うんだ」

「そう、ですか…?」

「少なくとも私にとっては、ね。だから教えて欲しいんだ。ダメかな?」

「え、っと……」



 嫌です!!!!



 なんて。


 言えるわけがない…!!



 でもここで頷くことも断ることも出来なくて、とにかく必死にどうするべきかと頭をフル回転させる。


 そもそも私は今日王妃様のお茶会に招待されただけで、ここで王太子殿下と会う予定はなかった。

 かといってここで断るのは、心情的にはありだけどラヴィソン公爵家的にはダメだ。

 だけど簡単に頷くことも出来ない。

 子供同士の口約束とはいえ、相手はれっきとした王族。しかも王位継承権第一位のフレゥ王太子殿下。

 そんな方との約束を反故にしたとなれば、いくら我が家でも咎められる。



 どうする…!?


 どうしたらいい…!?



 こういう時…………


 そう、こういう時。


 現代の日本だったら…………



「その……私一人でお城まで来ることは出来ませんし、一度お父様とお母様に確認してからでないとダメかどうかは分からないので……」



 秘技!!持ち帰って検討します!!



 今この時ほど、これを使うのにふさわしい場面はないと思う。


 先延ばしとか、曖昧にとか、本当に日本人っていうのは上手いと思うんだ。

 ハッキリイエスともノーとも言わない文化、最高です!!



 あ、もちろんちゃんと、困ったような顔で上目遣いに見上げることも忘れてないよ?

 これでも今日はちゃんと着飾った、おとなしい公爵令嬢としてここにいるわけだからね。


 相手は相手で美少年だけど、我儘坊主ってわけじゃなさそうだからこれで何とかいけると思うんだけど……。

 さて、どう出る…?


「あぁ、うん。そうだよね。ごめんね?」



 よっし!!いけた!!



 思わずガッツポーズしそうになったのも、にやけそうになったのも抑えて。

 私は内心だけで黒い笑みを浮かべつつ、脳内ではくるくると踊りまわっていたのだった。





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