第5話 根は真面目なので
思った通り、招待状が届いた翌日からやれ採寸だの、マナーの見直しだの、歴史の学び直しだの、忙しくなってしまって。
分かってたけど、やっぱり疲れるんだよねぇ……。
だって私まだ、これでも六歳だよ?
日本だったら小学生だよ?
いくら何でも色々と学び過ぎというか、学ばせすぎでしょ。
令嬢教育として仕方ないとは思っているけれど、この世界の令嬢全員がこんなことしてたら大半が嫌になるって。
いや、まぁ……ここまで力を入れているのは、たぶん公爵家と…よくて侯爵家までなんだろうけど、さ。
その中でも弱音を一切吐かずに、すべてやり切るのは一体何人いるのか。
私は前世の記憶があるからまだいいけど、他の子たちは本当に大変だと思う。
みんな、どうやって息抜きしてるんだろう…?
「お嬢様。バラの刺繍の見本が届きましたよ」
「……その前に、先に紅茶をもらえるかしら?一度頭をすっきりさせてから見たいの」
「まぁ…!気づかなくて申し訳ありません…!すぐにお持ちしますね!!」
流石の私でも、疲れたまま大事な決定は下したくなくて。
いつものメイドにお願いすれば、言葉通りすぐに準備しに行ってくれた。
ちなみにこのバラの刺繍とは、私の新しいドレスに刺繍するサンプルの事。
もうこれに関しては、製作者の手抜きだろうとしか思えないんだけど……。
実は我がラヴィソン公爵家の領地の特産品は、多種多様なバラなのである。
名前がローズだからって、象徴する花だけではなく特産品までバラなんて。
ほんっと、それ考えた人適当だったでしょ。
もしくは名前の方が適当だったとか?
あぁ、いや、でも……。
ゲームとかって、割とどれもそんなもんか。
分かりやすさって、大事だもんね。
「お待たせいたしました、お嬢様」
「ありがとう」
戻ってきたメイドが置いてくれた紅茶を、何一つ疑うことなく口をつける。
彼女はいつも、ちゃんと飲みやすい温度の紅茶を淹れてくれると知っているから。今回も当然のように、やけどするような温度ではなく。
口に入れた瞬間ふわりと香るのは、柑橘系のさわやかさ。わざわざフレーバーティーを選んでくれたのは、これがリフレッシュするためのものだと彼女が理解していたからだろう。
「今日は刺繍の確認以外に、何か他に予定はあったかしら?」
「いいえ。これで最後でございます」
「そう」
それならもうひと頑張りでいいわけね!!
オッケー!それなら何とかなるわ!!
本当はこういう事は、お母様に任せてしまってもいいのかもしれない。
もしくは適当に、これでいいわ、なんて。
きっとそれをしても許される身分なんだろうけれども。
どうにもそれが出来ないのは、前世の記憶のせいか元からの性格なのか。
どちらにせよ根は真面目なので、結局ちゃんとこうして一つ一つ吟味してしまう。
刺繍だけではなくて、ドレスの布の素材から宝飾品選びから、どうしてもこだわってしまう。
それはこの容姿があまりにも素敵なので、思いっきり着飾ってみたいという女の子らしい考えももちろんあるにはあるのだけれど。
一番の理由はたぶん、私が公爵令嬢だから。
どれだけお金をかけられるのかは、貴族にとっての見栄の部分だろうから。そこもちゃんと踏まえた上で。
でも私は跡継ぎじゃないので、その辺りはそんなに考えなくていい。せいぜい貴族として、職人や商人にお金を落として経済を回す、くらいに思っておけばいい。
大事なのは、その見栄の先。
この世界の貴族令嬢というのは、いずれは結婚しなければならない。
私の場合ゲームの登場人物として、王太子様に嫁ごうとする役なわけだけれど。
私はそれを、どうしても阻止したい。
でもじゃあ阻止するために、本当に何でもかんでもなりふり構わずできるかというと。
それは違う。
王太子様に一目惚れはしたくないけど、王太子様以外の男性には振り向いてもらわなければ困るのだ。
そのために、今からちゃんと着飾って周りにアピールしないといけない。
もちろん男性だけじゃなく、女性たちにも。
彼女たちが一番のライバルだからね。素敵な男性を奪い合う相手なのだから、子供の内から牽制しておくに越したことはない。
そのためにも、今回のお茶会は初めての大舞台。どうしても成功させなければならないのだ。
しかも王妃様の前に行くのよ?私にできる最大限の格好をしていかなくてどうするの。
周りの子たちはきっと、親に言われた通りの格好で親に言われた通りの事しか言わない。
その中で私が彼女たちよりも優れているのだと見せつけられれば、ラヴィソン公爵家の今後も何か変わってくるかもしれない。
そもそも我が家のバラは、ただの観賞用だけではない。
観賞用のバラはもちろんのこと、香水や化粧水にも使われていて。
何よりこの国の、他国への輸出品のトップなのだ。
だからこそ。
私は出来る女なのだと、周囲に見せつけなければならない。
国一番の外交カードを持つ家の令嬢は、こんなにすごいんだぞ、と。
気合を入れ直した私は、この時大事なことがすっかり抜け落ちていたことに気付いていなかった。
王太子様の婚約者候補から遠ざかるためには、むしろ優秀さをアピールしてはいけなかったのに。
なぜかアピールする方向で進めてしまっていることに。
全く、全然、これっぽっちも。
気付いていなかったのだ。
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