第4話 地獄への招待状
「つ…ついに来たわ……!!」
そう、あれが。
私の運命を左右する可能性がある、王妃様主催のお茶会への招待状。
通称、地獄への招待状。
…………。
……いいえ。そんなことを言いだすのは、国広しと言えどもきっと私だけでしょうけれども。
「お嬢様?」
トレイの上に乗せられたままのそれを一向に受け取らない私を流石に不審に思ったのか、向こうからは滅多に話しかけてこないはずのメイドが不思議そうな顔でこちらを見ていて。
「あら、ごめんなさい。前にお父様と少しお話していた件だったから、あまりの速さに驚いてしまって」
出たくない、と我が儘を言ったのはほんの数週間前の話だったから。
とはいえそのことを知るはずがないメイドからしたら、確かに今の私の言動はおかしかったのだろうと少し反省する。
「お父様は、何とおっしゃってらしたの?」
手に取って、既に開けられた形跡があるのを確認しながらそう問いかける。
王家の印章が押された封蠟がある時点で、これを最初に開けられるのはその家の当主だけ。
要するに、お父様付きの執事が既に最重要事項としてこれを渡したうえで、お父様も中身を確認済みというわけ。
その上で私のところにまわってきているわけだから、もうその時点で内容なんて見なくても分かってる。
今頃お父様は、方々に指示を出して日程を調整するのに大忙しなのだろうから。
「お嬢様はしっかり分かっておられるはずですが、一応しっかり出席するようにとの言伝を預かっております」
「まぁ。お父様が一応、なんて。随分と信頼されていないのね」
うふふと冗談めかして笑ってみせたけれど、目の前のメイドはあまりいい顔をしていない。
そもそも彼女は私付きではなく、この家のメイドを統括しているメイド長なのだ。だからお父様とも直接お話が出来る立場にある。
そのことを分かっていて、あえて言葉にしてみたわけだけれど。
やっぱりにこりともしない人って、仕事は出来るんだろうけど苦手だなぁ…。
なんて考えは顔に出さないようにして、椅子に座っていてもまだ見上げないといけない彼女ににっこりと笑ってみせた。
「冗談よ。お父様なら、このくらいの冗談ちゃんと通じるわ。それと、心配なさらなくても出席いたしますよと伝えてくれるかしら?」
「かしこまりました」
出過ぎた真似、とでも彼女は思っているのかもしれない。
家族とはいえ忙しいお父様とは、実は食事の時以外あまり会うことはないから。だから少しだけ心配になったんだろうけど。
この普段は愛想も感情も一切見せないメイド長にまで、表情を僅かとはいえ変化させてしまったくらいだから。相当だったんだろうなぁ。
家族仲はとてもいいはずなんだけれど、どうしても貴族って色々と制約があるからね。
まだ成人してないとはいえ、やっぱり私も貴族令嬢なわけだし?
使用人ですら男はつけられていないくらい、その辺りは徹底している。
そういえば前世の記憶の中に、ゲーム以外に物語の中で主従の恋愛とかあったけど。
あれって普通に考えて、異性の使用人とかつけないよねと思ったのが懐かしい。
今自分がこういう状況になって、やっぱりあれはあり得なかったんだなと再確認してるわけだから。
護衛とか騎士とかなら、また別なんだけどね。
ま、物語なんだから少しはあり得ないことが起きないと、ただ単調なだけのつまらないものになってしまうだけだし?
そういう意味では異性の使用人とか、刺激があって良いのかもしれない。
「お嬢様、どうされますか?」
前世を思い出しつつ現実逃避をしていた私に、横からいつものメイドが軽やかに話しかけてくる。
この声色はたぶん、ちょっと喜んでるな。
さっきのメイド長が部屋を出て言った途端、こうしていつも通りに振舞ってくれる彼女は本当にありがたい。
ありがたいんだけど、ね?
「まずはお父様からの指示を待ちましょう。きっとすでに手配して下さっているはずだから」
「承知いたしました」
笑顔のまま私の差し出した招待状を受け取った彼女は、それをどこかに片づけるためにスッと下がる。
必要になった時は彼女に言えばすぐに持ってきてくれるだろうから、私がその行方を気にする必要なんてない。
本当に、そういう所は貴族令嬢ってすごく楽なんだけどなぁ……。
半面、伴う責任も大きすぎて。
今回のお茶会のようなことは、令嬢としては最たる例なのかもしれない。
そもそもこの招待状だって、王太子様の婚約者候補を見繕うためなのは明らかで。例えば体調不良で当日泣く泣く欠席したとしても、また次の機会が用意されるんだろう。
だっていくら子供とはいえ、一度に全員を相手にするなんて王妃様が疲れちゃうからね。
王太子様の年齢は確か私と同じだったはずだけど、それを考えれば呼ばれる令嬢はプラス五歳までってところかしらね?
そんな令嬢達を相手にするなんて、一度で出来るはずがない。
むしろ子供だからこそ、扱いが面倒だったりすることも往々にしてあるわけだから。
なので、何回かに分けられて開催されているはず。
とはいえ、だ。
我が家は公爵家。
当然、上から数えた方が早い家柄なわけで。
という事は、呼ばれる順番も早い。
たぶん今回が第一回目の開催なんだろう。
だってそうじゃなければ、そこで最有力候補が決まってしまう可能性があるんだから。
そりゃあもう、身分の高い順になるでしょうよ。
「はぁ……」
それでも、だ。
お気に入りのメイドと共に目の前から消えた招待状の内容を考えれば、私にはやっぱりあれはお茶会じゃなく地獄への招待状だとしか思えないのだった。
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