第3話 甘いだけでは、世の中どうにもならないのね……
結論から言えば……惨敗だった。
そう。もう本当に、ものの見事に。
困った顔をしたお父様から、直々に「それは我が家でも無理だよローズ」と言われてしまったのだ。
まぁ、うん…。
そう、ですよね。
いっくら公爵家とは言え、宰相も騎士団長も魔術師団長も輩出したことのない我が家では、そんなに強い力や発言力があるわけでもなくて。
それなのに王妃様のお茶会には、緊張しすぎるから出たくないのだと急に言い出したところで通るわけがない。
いくらそれが、目に入れても痛くないほど可愛がっている娘のお願いであったとしても。
そうそう叶えられるわけが、なかった。
「どうしてこんな大事なこと、忘れていたのかしらね……」
むしろ公爵家という地位にあるからこそ、王族の呼び出しにはすぐに馳せ参じるべきだろうに。
いくらお父様が私に激甘だからって、それとこれとは別の話。
「はぁ……。甘いだけでは、世の中どうにもならないのね……」
目の前にある甘いタルトケーキをつつきながら、上に乗ったイチゴの酸味も楽しみつつそう口にすれば。
紅茶のお代わりを入れてくれていたメイドが、少しだけ不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
とはいえ、見ていたのはその一瞬だけで。すぐに仕事モードに切り替わっていたのには、本当に感心したけれど。
流石公爵家に仕えているだけのことはある。余計なことは主人から直接振られるまで口にしない。
よく教育されてるな~なんてのんきなことを考えながら、丁度いい温度に淹れられた紅茶を口に含む。
ふわりと広がる優しい香りが、タルトケーキの味を邪魔せずに楽しめるあたり。今日の茶葉の選び方は、控えめに言って最高だと思う。
とはいえ、楽しんでいる場合でも感心している場合でもなくて。
このままいけば、すぐにでも王妃様主催のお茶会の招待状が届いてしまうかもしれない。
たとえ一度仮病で休んだとしても、一度で済むとも限らないし。
それ以前に、本当に一度目で王太子様が出席するのかも私には分からないわけだから。
もはや、私が王太子様に一目惚れをしないように気を付けるしかなくて。
運に掛けるのか神頼みをするかの二択のような、ものすごーく曖昧で不確定なそんなものに、私の人生と命を預けるしかない現状が悲しい。
「ねぇ。私の運はいい方だと思う?」
「運、でございますか?」
思わずメイドに話しかけたけれど、すぐに失敗したなと後悔した。
だって使用人である彼女が、私に都合の悪い返しなんてするはずがないから。
「お嬢様は名家と名高いラヴィソン公爵家のご息女様としてお生まれになっておいでですから、この国の上から数えた方が早いほど運のいいお方であると認識しております」
案の定、笑顔でそう返してくる私付きのメイド。
割と彼女は、私のプライベートシーンでは笑顔を見せてくれるので気に入っているのだけれど。
まぁ、そうだよね。
よいしょじゃなかったとしても、普通に考えて公爵家の令嬢として生まれてる時点で運、いいよね。
普通なら、ね。
そう。普通、なら。
「そう、よね…。変なことを聞いてごめんなさい。ありがとう」
「いいえ、滅相もございません」
もう一度にこりと笑顔を見せてくれてから、元の位置へとスッと戻る彼女は本当に優秀。
無表情であることが求められるのが使用人だと理解はしているけれど、やっぱり常にそんな風にいられるのはなんだか冷たい感じがして嫌で。
前世の記憶を思い出すより前から、ローズとして彼女のことは重宝してきた。
今なら分かる。
にこりともしないどころか、表情を崩さないその姿はある種不気味にも見えていたんだ。
まるで人形かサイボーグのように。
「はぁ……」
私も無表情でいたいわ、なんて言葉を紅茶と一緒に飲み込んで。不自然に聞こえない程度のため息を吐く。
まるでこのティータイムに満足しているかのように聞こえているはずだ。
実際は、笑顔なんて王妃様や王太子様の前で振りまかなくていいなら楽なのに、なんて。そんなことを考えていたわけだけれど。
でも、まぁ。
公爵令嬢として生まれてしまった以上、こればっかりはどうしようもない。
というか。
公爵令嬢として生まれてしまったばっかりに、魔物化ルートが待ち受けているわけだけれど。
とにかく何とかしないとなぁ。なんて思いながら、もう一度タルトケーキにフォークを突き刺す。
糖分をしっかりと補充しながら、この先のことを考えるために頭を使う。
うん、なんて効率的なんだろう。
甘さと酸味の絶妙なバランスを楽しみながら、今後届くであろうお茶会への招待状を思っては憂鬱になりそうな心を何とか保つ。
まず考えるべきは、もう断る方法ではない。
それなら、次の手は……。
どうやって王太子様と関わらずに済むか、だ。
挨拶だけはいずれしなければならないのだろうけれど、逆に言えばそれさえ済ませてさっさと逃げ帰ってしまえばいいのだ。
そうすれば余計なことに巻き込まれないでいられるはず。
「うんっ…!」
そうだ、それが一番いい!!
妙案を思いついたとばかりに、タルトを口に含みながら私は満面の笑みで一つ頷く。
そんな私の行動を、どこか微笑ましそうな表情で使用人たちが見ていたことに。
私が気づくことは、一切なかった。
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