第5話 拈華微笑(ねんげみしょう)②

 乱の家に戻ると、乱と咨結が玄関で出迎えてくれた。 

 乱はカリンが帰ってくるなり、まじまじとその着物姿を眺めた。うんうん、と頷き、続けて『良く似合う』と一人呟く。咨結も乱同様にニコニコと笑っている。

 カリンは気恥しく感じてうつむくものの、乱はそんなカリンを見て柔らかい笑みを浮かべた。

「それより仙夾はどうだった?」

「さっさと作り終えて、その作り終えたのを忘れてやがった」

「仙夾らしい。仕立てに関して苦情が出るのはおかしいと思ったよ」

 天外はカリンが着ていた乱の羽織を乱に返すと、また出て来ると言ってその場から乱の家の屋根にひょいと飛び移り、そのまま他の屋根伝いにどこかへと消えて行った。

「それでどうだった?仙夾と会って何か分かったか?」


 天外は因縁探しを手伝わないと言っていたような気がしたのだが、着付けを済ませた後、仙夾にカリンに見覚えがないか、カリンの知人を知らないかを聞いてくれていた。

 答えはすぐに見つかるはずもなく、だが、カリンがどこか『明衣あかは』に似ているということだった。だからそのまま、次はその明衣という人物に会いに行くのかと思っていたのだが、なぜか天外は乱の家に戻ってきてしまった。

 でも、今はそれが好都合だった。

「明衣か。確かにあいつはお前に似ている所があるな。次は……」

「あの……き、着物、ありがとうございます。ただ、私、大人?だったと思うんですけど、さ、さっき鏡を見たら背が……なんか子供になってて……」

 

 背が小さくなったというよりは子供になったとでも言うべきか。若返ったのか、子供の姿になっているだけなのか、全くなにがどうなっているのかわからないが、とにかく以前の自分の姿ではなくなっていた。

 この状況をこの世界でどう説明したらいいのか……。口下手な自分の説明では全く伝わらないだろう、説明したところで分かってもらえないだろうと何度も言うのをやめようとしたのだが、やはり聞いてもらいたくてたまらない。

 仙夾に着付けをしてもらった時に鏡に映った自分の姿を見た時に、どこか見覚えがあるとは思ったが、まさか自分の幼い頃の姿だとは夢にも思わなかった。

 

「ああ、現世と今とで姿が違うんだな?」

 自分の説明が少しも伝わっていないだろうと諦めていたカリンの顔が、ゆるりとほころぶ。

「ここでの姿は現世で思い入れがあった姿だとも言われているし、見る人によっても違うと言われているんだ。だからここの住人には、小さいから子供だとか大きいから大人という概念はあまり関係ない。だが、お前が現世と違う姿なのは、現世の魂はこの修羅界の魂と比べてからかもな。だからといって今言ったように、今まで繰り返してきた歳月分が今の姿を表しているというわけでもない。ややこしいが外見はあまり気にするな」

 自分の言おうとしていたことが、乱にしっかりと伝わり理解してくれたことに、感極まり足の力が抜けそうになった。

 同時にここにいるひと達の姿は、今まで輪廻転生を繰り返してきた歳月分が積み重なっているのだと理解し、なるほどと思った。

「現世に戻ると、ここでの記憶は恐らく覚えていないだろう。だが、現世から修羅界に戻って来る時は今までの現世での記憶を覚えていることがほとんどなんだ」

 そして、まるでカリンの考えていたことを読み取ったかのように、乱は続けた。

「でも、まぁ、そうだな。お前もいつか一世を終え、ここへ来る時はまた違った姿になっているかもしれないな」

 乱はカリンは何か言いたげそうなのに気づいた。

「どうした?」

「い……いいえ、何でもないです」

 カリンは自分の想いを心の中にとどめた。輪廻転生が本当だとしたら、亡くなったひとは皆ここに来るのか。カリンは生前の祖母達を偲んだ。


 カリンの父方も母方も早くに父を亡くしていた。だからカリンに祖父はもちろん、カリンの父も母も小さい頃にはすでに父親がおらず祖母の女手一つで生活をしていた。

 本来なら祖母たちは夫と共に居れる時間が長く続くはずだったのに、思いもよらずに短い結婚生活に終わってしまった。

 愛する人と突然別れ、その後は独身のまま人生を全うした祖母たちは生前どんな気持ちで余生を送っていただろう。家族がいても本当のところは幸せだっただろうか。それとも、愛する人と別れずっと寂しかったのではないだろうか。

 そんな祖母たちの心情を想像すると、現世で寂しい想いをした分、ここで再会できていたらどれだけ心が救われるだろうと思ったのだった。

 

「お前は優しいな……」

「え?」

 言葉を口に出したはずはないのに、カリンの心情を読み取ったかのような乱の台詞。カリンはあまりのタイミングの良さに驚いた。

 居間に入ると、先ほど乱が吹きとばして壊れた障子は、かろうじて目張りされ応急処置が施されてつぎはぎの間から庭が見えた。

「食事だ」

 見ると、座敷の上に食事が乗った膳が三つ並べられていた。

 乱と咨結は膳の前に座ると箸を取り、さっそく食べ始める。そんな二人を前にし座らない訳にもいかず、箸を手に取り恐る恐る一つ口に入れてみる。

 思ったよりも普通に美味しい味がした。

 この修羅界に来て、あれよあれよと言う間に事が進み、今こうして乱や咨結、天外に世話になっていることが、改めて考えてみると不思議な事だと思えて来た。

 巽乱、天外、咨結、この三人はどういう関係なのだろうか。

 初めて会う自分に、どうしてこんなに親切にしてくれるのだろうか。

 そして、どうしてこんな自分をそんなに大事に扱ってくれるのだろうか。

 人に関心を持たなくなっていたはずなのに、カリンは乱達についてもっと知りたいと思うようになっていた。

「どうした?こっちのものは口に合わないか?」

 物思いにふけっていたせいでぼうっと見えたのか、乱はカリンに声を掛けた。

 まだ口に食べ物が入っていたカリンは首を横に振る。

「ならいいが、天外が居ない間は俺が世話役だからな。もし食べさせて欲しいなら遠慮せず言ってくれ」

 親切な人だと思えば、人をからかう一面もある。乱がどんな人物なのか、理解するには簡単にはいかなさそうだ。

 乱はカリンの少し恨めしそうな視線がこちらに向けられているのに気付いていた。それで何かまたからかってやろうとしたが、カリンの頬が微かに紅く染まっていたので、ふっと笑い、からかうのをやめた。

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