第4話 拈華微笑(ねんげみしょう)①

「俺の知り合いにも情報を集めさせるが、自分の因縁は自分のほうがものだ。お前も自分で色々と情報を集めてみるといい。見つかるまでの間、天外をお前の世話役に付けよう。何かあれば天外になんでも言ってくれ」

「嫌だよ。なんで俺が子供の面倒なんか」

 天外と咨結は乱が壊した障子の残骸を拾い集め、片づけを始めていた。

 ふと聞こえて来た乱の言葉に、天外は障子の片付けをしている手を止めると、不満そうな顔を向けた。

「強要した覚えがないが、俺に借りがあると言ったのはお前だろう」

「わかってるよ。だが俺は乱にしかつかえねぇと言ったはずだ」

「その俺がお前に頼んでる」

 乱も乱で天外に自信たっぷりといった、いたずらっ子のような表情を返す。

 乱の言う通り、天外にはとあることで乱に借りがあった。乱は天外の心意気を断り天外も乱の元を去ろうとしたところ、どうしても借りを返さないといけない、そのためには乱の元に留まらなければいけない、という呼びかけのような感覚が止まらなくなった。

 理由はいまだに不明だが、それ以来義務的な気持ちからではなく、忠誠心から乱の手足になったのだった。

「……。ちっ!わかったよ!」

「早速だが仙夾のところへ様子を見に行ってきてくれ。方々から注文したものが出来てないと苦情が来てる」

 そう言われて早速出かけようとする天外に、乱は何か思い出したのかカリンを引き留めた。

 乱は大股で二階へと駆け上がっていくと、すぐに戻ってきた。

「この羽織を着ていけ。目立たないよう念のためだ」


 カリンの声は騒音や雑音と同じ種類のようだった。いつも普通に話しているつもりなのだが、なぜか相手には聞こえにくいらしかった。

 それがまた、自分は普通じゃない、と思わせる一つに積み重なる。

 

 だからどうせまた声が届かないだろうと思い、カリンは始めから小さな声でお礼を言い、すぐに乱の前を通り過ぎようとした。

 ところが、乱はカリンの頭に手を乗せ軽く叩いて返事を返してきたのだった。そしてそのまま庭に降りると、障子の残骸を拾っている咨結の手伝いに加わった。

 自分の声など届かないだろうと見越して、わざと小さい声で言ったのに、その声を聞き取ってくれる人がいた。自分の声が届いていた。

 予想外の出来事に、カリンは嬉しさのあまり泣きそうになる。

 渡された羽織からは微かに何かの香りがした。凛とした、それでいて安らぐようなお香の香り。

 ついさっきも嗅いだことがあったような気がしたのだが、めまぐるしい早さで進んで行く今の状況に、どこでだったかもうすっかり頭の片隅に行ってしまっていた。


 ◇

 

 外の通りに出ると、皆人の姿をし、会話をしたり仕事をしたりと普通に生活していて、ひな菊が言っていたように現世にいるのとまるで変わらないようだった。

「いいな、現世の者だと周りの奴らに気付かれるようなことするなよ」

 魂達ひとびとが行き交う中を歩いていると、ふと懐かしい顔が一瞬見えたような気がした。

 カリンは足を止め、目をよくこらしてみるが、特に見覚えがある人はいない。

「キョロキョロするな、余計に怪しく見える。いいか、俺はお前の面倒を見るだけで因縁探しは手伝わないからな」

 天外はぴしゃりとそう伝えると、カリンの肩はびくりと反応した。カリンは申し訳なさそうに、天外にこくりと頷くのだった。

 しばらく歩いて行くと、昔ながらの店らしい佇まいの建物の前にやってきた。店の正面はガラス張りで外から屋内が見える。しかもそのガラス戸は開け放たれ、屋内が奥まで見渡せた。中にはたくさんの着物や、手の込んだ小物入れや髪飾りなどが飾ってあった。

 天外は土間より一段高くなっている床に腰をかると、誰かに知らせるかのように床を数回叩いた。

仙夾せんきょう、いるか?」

 すると、誰もいないと思ってた屋内の、展示された着物の後ろから男が顔を出した。

 仙夾と呼ばれた男はクセのある髪を後頭部で束ねていて、ほどくと背中の真ん中くらいまでありそうだった。背丈はどれくらいあるのかわからないが、パッと見て細身と言う言葉は全く似合わない体格に見える。

「何の用だ?」

「仙夾の様子を見に来たんだよ。注文が溜まってると聞いたがどうなんだ?」

「注文が溜まってる?……変だな、注文なんて来てないぞ」

 仙夾は近くに置いてあった五段ほどの小さな引き出しを、上から順に引き出しては覗いていく。注文書でも入れているのか、カリンの場所からその引き出しの中には何も入っていないのが見えた。

 天外は腑に落ちないのか、仙夾の周りを見回している。所狭しと物が散らかっているのかと思っていたが、反物や着物、大小様々な箱がきちっと揃えてうず高く積み重なっている。

「お前……、まさか、仕立て終わってるのを忘れてるだろ?」

 仙夾はゆっくりと振り返り、自分の背後に広がる光景に目を移すが首をかしげるばかりだった。そしてふと、ぽんと一回手を打った。

「ああ、そうだ、そうだ。ええと、どこだったか……」

 仙夾は壁一面が棚になっている引き出しを片っ端から開けて行く。ようやく目的のものを見つけたのか、一つの和紙に包まれたものを取り出し天外に渡した。

「なんだこれは?」

「やる」

 天外は受け取った和紙の包みを開けて中身を確認すると、それは女性用の明るい色の着物だった。

「おいおい、俺はこんなもの着ねえぞ?乱に着ろってか?」

 仙夾は開けた包みを閉じている天外から、視線を隣のカリンへと移した。

「お前たちじゃない、現世の者にだ」

「え?私……?」

 

 一時間くらい経っただろうか、仙夾が仕立てた着物に身を包んだカリンが天外と店から出てきた。

「仙夾は手先が器用な事に関しては指折りの人間なんだ。ただ……物忘れなところがあるんだよな。まあ、仙夾は俺たちの知り合いだから、お前が現世の奴だと知っても問題はないから安心しろ」

 なるほど。会わせてくれる人たちは、乱や天外の信頼のおける人だということらしい。

「とはいえ物忘れの仙夾が、気まぐれで仕立てた着物を自ら覚えてたとは驚きだな。あいつはすぐ忘れちまうからな」

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