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 六月、洗面所の窓辺には、あじさいの切り花を置く。私は顔を洗うのが上手になって、そこまで泡は飛ばさない。

子どものころ、顔を洗うのが下手だった。服も洗面所の床もびしょびしょにして、泣いた。今思えば微笑ましいぐらいだけれど、あのときは必死だった。

 あじさい色のワンピースを捨てられない。私の必死さを、母はいつも受け止めてくれた。BでもTでもプラスでもなく私自身として。老いて病を得、多くのことがわからなくなっても、私を「彼女」と言ってくれた母。

 母が最期に暮らした施設は、窓越しにあじさいが見えた。わざと下手に、ざぶざぶと洗って顔をあげる。揺れる視界のなか、青色が少し潤んだ向こうで、母が笑ったような気がした。

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顔を洗うのが下手(ぷちヘキ04+Twitter300字SS) 伴美砂都 @misatovan

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