顔を洗うのが下手(ぷちヘキ04+Twitter300字SS)

伴美砂都

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 そうだ、かおるは小さかったころ、顔を洗うのが下手だった。窓の向こう、雨に濡れるあじさいの青で思い出した。お気に入りの服、あのあじさいのような青色のワンピースの胸もとを水びたしにして、かんしゃくを起こした。


「うまくできないよ、どうして」


 苦手なことが多いと言って泣いた。笑ってほしくて、濡れた床をほったらかして彼女の頬を拭き、今思えば大雑把な言葉で幼稚園に、小学校に送り出していた。


「濡れても乾くから大丈夫、こぼしても拭けば大丈夫」


 そうだ、顔を洗おうとしていたのだ。すくった水は、四方八方に飛び散ってこぼれていく。こんなはずじゃないのに。もどかしくて、悔しくて涙が出る。


「うまくできないよ、どうして、」


 乾いたタオルがそっと頬に触れた。


「濡れても乾くから大丈夫、こぼしても拭けば大丈夫……大丈夫だよ、お母さん」


 老いてしまった私に触れる薫の手は優しく、ああ、あのときの私の手が、どうか、こんなふうであったのならばいい。揺れる視界のなか、あじさい色のワンピースを着て笑ったのと同じ顔で、すこし悲しげに薫が笑った。

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