あなたは誰?

揺蕩たゆたうように意識が戻り、弥姫はゆっくりと目を開ける。


「何………、ここ」


上下も左右も前後も分からない世界、深い闇だけがどこまでも続いていた。


「はっ?!

どうなってんの?!

ここどこ?!

何事?!」


慌てふためく弥姫の鼓膜を不思議な音が擽った。


【ほぉ、懐かしい気配がすると思えば、まだ生きておったか………。

生物とはしぶといものよな】


感嘆、諦念ていねん、唖然、複雑な感情が聞こえてくるようだ。


「はっ?

誰?!」


【どうやって入り込んだのか知らぬが、お前の時は尽きていない。

還るには早い、さっさとね。

ことわりを乱すな】


声であって声ではなく、言葉であって言葉ではない。

不思議な音に聴き入る弥姫を浮遊感が襲った。


「なっ!!!

えっ……、何、これ」


そして、彼女は見た。

無数の光を、星を、魂と世界の輝きを―


「凄い………」


ただただ圧倒され、弥姫は思わず涙を零した。

理由は分からない。

分からないが、溢れて止まらないのだ。


『あったかい。

嬉しい。

生きたい。

行きたい』


何が嬉しいのか、どこへ行きたいのか、それすらも分からない。


「私………、私はっ」


【去ね】


次の瞬間、弥姫は糸が切れた操り人形のように倒れ込んだ。

その体を無数の光のたまが運んで行く。


生と死、現世うつしよ幽世かくりよ、科学と非科学、背反する世界が交わる時、物語は始まる。





「っ!!!

たぁぁぁぁぁ」


思わず跳ね起き、強烈な頭痛に襲われて呻く弥姫。

目の前にパチパチと火花が飛ぶ。


『気持ち悪っ!

怠いし、頭痛い。

熱中症かな?』


弥姫は鉛のような体を引き摺って書類の山を掻き分け、その中に埋もれていたペットボトルを発掘し、震える手でキャップを開け、温くなった麦茶をゴクゴクと飲む。


「はぁぁぁぁ」


一息つき、麦茶の味を噛み締める弥姫。


『何が……、何がどうなってる?

私、寝てた?

疲れてんのかな?

熱中症?

脱水?

救急車呼んだ方がいいかな?』


その時、弥姫のスマホがけたたましく鳴いた。

彼女がセットしたアラームである。


「ヤバッ!!」


弥姫は四つん這いで部屋を出ると、バタバタと身支度を整え、スマホを持って駆け出す。


『ヤバイヤバイヤバイヤバイ、先生待ってる!』


蝶番を壊す勢いでドアを開け、それがバン!!という音を立てて閉まった瞬間にマイカーに飛び込み、息もつかずにエンジンをかけた。


「えーーと、鞄は出してない、鍵はここ、スマホは持った、よしっ!」


ギアをDに入れ、アクセルを踏み、フルスピードで市内の中央病院に向かう。


十六時から今後の治療方針を話し合う為のインフォームドコンセントをする事になっており、病院に着く時間に合わせてアラームをセットしていた。

どう足掻いても遅刻、それも大遅刻である。


『ヤバイ~~~~~』

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