形見

約三か月ぶりに実家に帰った弥姫。


どこか寒々しく感じ、ポイポイ断捨離したからかもと思いながら座布団に座った。

部屋中に写真と書類が散らばり、ここだけは足の踏み場もない。


『祖父ちゃんのからいくか。

古い順にいった方が並び良いし』


弥姫は書類の山の中から光喜こうき(祖父)に関するものだけを仕分けていく。


『これは処分、これは必要、これとこれは後で、こっちは……………、後にしよう。

ん?

何これ?』


必要な書類は段ボール箱に入れ、不必要な書類は可燃用のゴミ袋に押し込み、保留する書類は不燃用のゴミ袋の上に置く、単純作業を繰り返していた弥姫の手が止まる。


『ふっるい本だなぁ。

手作りっぽいけど、祖父ちゃん?』


弥姫は手作りと思われる古い本をめつすがめつしながら考える。

これは母の字でも伯母の字でもないし、内容が祈祷きとう法の解説なので父には書けない。

となれば、祖父か祖父の師匠だろう。

友人に貰った可能性もあるが、このたぐいは門外不出の所が多い。


『でも、聞いた事ないんだよなぁ。

憑き物の使役法とか、作り方とか、祖父ちゃん嫌ってたそうだし』


憑き物とは人に取り憑く霊、主に動物霊の事だ。

その歴史は古く、史書を紐解けば枚挙まいきょいとまがない。


西洋の使い魔や中国の蠱毒こどくも憑き物の一種である。

光喜は憑き物を蛇蝎だかつの如く嫌っており、あれの本性は獣だ、躾られないなら決して手を出すなと光慧と恵子に言い聞かせていた。

そんな人がこんな物を書くだろうか?


弥姫は首を傾げながらパラパラとページをめくる。


『犬神、トウビョウ、野狐やこ、管狐、蠱毒、有名どころは揃ってるなぁ。

あれっ、トウビョウって蛇じゃなかったっけ?

狐の場合もあるの?』


弥姫がそのページに目を留めた時、カタッという音を立てて何かが動く。


「んっ?」


音がした方に顔を向け、弥姫は目をパチクリとさせる。

いつからあったのか、布製の筒が転がっている。


『何あれ?

さっきまでは………』


筒を引き寄せ、中身を確かめる弥姫。


『篠笛だ。

メチャクチャ高そう』


黒いうるしで覆われ、金箔きんぱくの蓮が浮かぶ篠笛。

薄汚れているが、袋のおかげで傷も埃も付いていない。


約八年前、弥姫は光慧と恵子に誕生日のプレゼントは篠笛がいいと強請った。

YouTubeで篠笛の演奏を聴き、やってみたくなったのだ。

弥姫が選んだのは初心者用の篠笛だったが、音は美しく、三日坊主の彼女にしては珍しい程に熱中した。

光慧の入院をきっかけに遠ざかったが、飽きた訳ではない。


「どんな音かな?」


笛を構え、唄口にそっと息を吹き込む弥姫。

試し吹きなので、指穴は塞がなかった。


ピーーーーーーー。


優しく、強い音が室内を包む。


『いい音。

聴いた事ないのに、聞いた事あるような気がする。

何か……、眠く…………』


カタン!

グラッ、ドサッ!!!


弥姫の手から笛が落ち、次いで彼女の上半身が倒れる。


『何で………、眠い、力が、抜けて…………』


薄れていく意識の中、弥姫は泣きたくなる程に優しい声を聞いた。


『ごめんね、私のせいで』

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