生きる事、死ぬ事

その日の正午、恵子の葬儀はしめやかに、ひっそりと始まった。

会場は施設内の一室、参列者は弥姫と施設の関係者のみ、百人近い信者を抱えていた寺の住職の葬儀とは思えないが、それが恵子の望みである。

死んでから贅沢しなくていい、焼いてくれりゃあ十分だと、笑いながら言っていた。


弥姫は収骨しゅうこつをしながら私の時は誰が参列してくれるかな?と思い、次いで苦笑する。


『誰が来ても同じか………。

さっさと焼いてくれって言った姉ちゃんの気持ち、今なら分かる。

経を唱えても死んだ人は救われない、五感がなかったら参列した人の顔も名前も分からない。

それで救われるのは残された人だ。

喜んでくれてるだろう、届いてるだろうっていう自己満足、人は弱いから、そういう物に縋らなきゃ前を向けない。

喪った人を過去に出来ない。

それはとても苦しい、とても……、苦しい事なんだ、きっと』


最後の骨を拾った時、弥姫の頬を涙が伝う。


『姉ちゃん、死んだんだな。

いつでも会えるから今日じゃなくていいって思ってたけど、いつでも会えるならいつでも会いに行けば良かった』


小さくなった恵子を抱きしめ、弥姫はウグッウグッと嗚咽する。

ようやく恵子の死を受け入れたのだ。

大切な物は失ってから気付く。

いや、失わなければ気付けない。

誰でも後悔や罪悪感を背負っている。

だが、それを過去に、経験に出来たら、少しマシな人生になるのかも知れない。





その後、恵子の骨を実家の墓に納め、導師が読経をし、葬儀を終える。


何かあったら電話しなさいと言う導師に御布施おふせ御車代おくるまだいと御食事代を渡し、微笑む弥姫。

彼は恵子の後輩であり、光慧の死後は弥姫と恵子をいつも気にかけていた。


「大丈夫です。

今までありがとうございました。

サハスとラブジャの事も、本当に助かります。

あの子達が幸せになってくれたら、もう未練はありません」


サハスとラブジャの里親を見付ける為、弥姫は彼に協力を頼んだ。


「弥姫ちゃん、僧侶が言ってはいけないかも知れないけど、仏の道は必ずしも正解ではないと、僕は思う。

勿論、不正解とも思わない。

命は限りある物だし、大切にしなければいけない。

でも、命を大切にする事と苦痛の多い生を選ぶ事は=ではない。

弥姫ちゃんにとって、楽な道を選びなさい」


「はい、ありがとうございます。

朱染寺しゅぜんじさんも気を付けて下さい、最近寒いので」


「ありがとう」


二人は互いに背を向け、導師は弥姫が呼んだタクシーに向かい、弥姫は居室に向かう。

次に会うのは最期だろうと、どちらも思っていた。

それを悲しんでか、惜しんでか、空から冷たい華が降ってくる。


『寒いな。

死んだら、寒くないのかな?』


生とは何だろう、死とは何だろう、死んだらどこへいくのだろう。

答えの出ない問いを抱え、弥姫は今日も足を動かす。

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