宣告

その後、市内の中央病院へ搬送された弥姫は血液検査を受け、白血病の可能性が高いと診断された。

彼女は目の前が真っ暗になったような気がしたが、時間も病魔も待ってくれない。

検査入院が必要ですと言われ、弥姫は茫然自失したまま準備をし、フラフラとした足取りで病室に入る。

初めての骨髄検査にビビり散らかし、死人のような顔で手術室に運ばれて医師と看護師を困惑させたが、現実はもっと残酷だった。

病名・急性リンパ性白血病ALL

成人の長期生存率は15%~35%という難病である。


退院前、弥姫は主治医からそれを告げられた。


「難病と言っても、近年は大幅に改善しています。

東野さんはお若いですし、化学療法と骨髄移植を併用へいようすれば完全寛解かんぜんかんかい、症状を臨床的にコントロールした状態ですが、そこに至るのも早いと思います」


「何年、生きられますか?」


「成人の急性白血病の長期生存率は15%~35%と言われています」


その数字は高くない。

弥姫は両手を握り締めて涙を堪えた。

泣いている時間もない事が分かっているからだ。


「低いんですね、随分」


「生存率は集計データに過ぎません。

体力や治療法によって大きく変わりますし、染色体検査で異常がなければ50%まで上がります。

参考程度と思って、一緒に頑張りましょう」


「はい、お願いします」


弥姫は主治医に勧められるままに骨髄バンクに登録した。

血縁ドナーがいないからだ。

勝逸しょういち(父親)とは絶縁しており、ドナーになってくれる程に親しい親戚はいない。

そもそも骨髄移植はドナーとレシピエントのヒト白血球抗原HLAが一致しなければ出来ない。

その確率は兄弟姉妹間で30%、非血縁者間では更に下がる。

だが、彼女に他の選択肢はない。





その夜-自宅の自室


「この世に神も仏もない……て、よく言ったもんだよ」


光慧みつえ(母親)が倒れてから飽きる程に呟いた言葉を繰り返す弥姫。

止めようと思っても止められない程に彼女の中に根付いている。


『あっ、薬……』


弥姫は立ち上がり-


「いっか。

どうせ治らないし」


そのまま座り直す。


「っ………、ふっ、うぅぅぅ」


嗚咽おえつする声が暗い室内に響き、それを聞き付けた愛猫が大丈夫?と訊かんばかりに彼女の足に擦り寄る。

ヘーゼルの目が美しい、長毛のさび猫だ。

生後約七年の雌猫・サハスである。

異父姉妹・ラブジャと共に弥姫の実家の近くで産まれ、光慧と勝逸が見付け、弥姫が保護した。

サハスラブジャとは千の手又は千の手を持つ者という意味であり、千手観音菩薩の梵名ぼんめいだ。

ウチの御本尊は千手観音様だからと、弥姫が名付けた。


サハスを抱き上げ、次いでギュッ!と抱き締める弥姫。


「ごめん、サハス。

絶対いい里親を見付けるから」


弥姫は二匹を手放す事にした。

飼い主に先立たれたペットの末路は悲惨である。

自分が死んでも、この子達には幸せになって欲しい。

その為の努力は惜しまないつもりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る