怒りのフェリシア (前編)

 夕刻、ミランがいつものように魔法師団団長室を訪れると、気難しい顔をしたフェリシアが、真剣に手紙を書いている最中であった。

 ノックをしたら入っていいと言われたので入ったけれど、フェリシアは顔を上げない。ミランはその場に立ち尽くした。

 ソファに座るフェリシアは、前のめりになり、眉間にしわを寄せながら、便箋に文字を綴っている。便箋を睨みつけているように見えなくもない。


 声を掛けられる雰囲気ではないな。


 ミランはそう思い、フェリシアの隣にちょこんと座った。と同時に、フェリシアが顔を上げて、眉間を揉みながら、こう言った。


「申し訳ありませんミラン殿下。いらっしゃったのは分かっていたのですが、なにぶん、集中していたもので」


「便箋を、穴が開きそうなほど、睨みつけていたね。一体、何を書いていたんだ? 差し支えなければ教えてよ」


 フェリシアはミランの問いに、さらりと答えた。


「ファンレターです」


「ファンレターを書いているような雰囲気じゃなかったけど」


「先ほど読み終わった推理小説に、納得がいかないところがあったので、私なりの改善点をまとめた手紙を、作者に送ろうと思いまして」


「どこが納得いかなかったの?」


「殺害方法のトリックです」


「ふうん……殺人が行われて、犯人を当てるタイプの推理小説なわけだ?」


 ミランは推理小説をあまり読まない。主に読むのは冒険小説か、青春小説だ。好みの問題だろうが、推理小説はなんだか問題を解いているようで、頭が痛くなってしまうのだ。

 男装していたフェリクスが、実はフェリシアという女性だと気がつき、怒涛の推理を展開してみせるなど、頭の回転は悪くないミランだが、分かりやすいストーリーが好みであり、複雑なことが多い推理小説は苦手なのであった。


「そうです。とある孤島にとある事情で閉じ込められた男女6人が、次々と殺されていく……というストーリーです」


「で、フェリシアは、犯人が『どうやって殺したか』という点で、納得がいかないわけだ。それで、どんなトリックだったの?」


 ミランが尋ねると、フェリシアは便箋をしまいながら、こう答えた。


「魔法、ですよ」


「魔法?」


「そうです。結局、6人の中に魔力持ちがいて、魔法を使って殺害した、というオチだったんです。これはトリックとも呼べません……まったく腹立たしい!」


 便箋がフェリシアの手の中でクシャッと歪んだ。


 こんなに怒りをあらわにするフェリシアはめずらしいな、と、戸惑い気味のエルドゥ王国第三王子は、憤慨する恋人に対して、慎重に言葉を選びながら、低姿勢で質問した。


「僕は魔力や推理小説のことに対しては不勉強なものだから、こんな質問をして、申し訳ないんだけど、それのどこがダメなんだい?」


 フェリシアは目を丸くして、隣に座るミランの方に顔を向けた。


「推理小説に魔法を出すのは、暗黙の了解で、タブーなんです。推理小説の登場人物は魔力を持っていない、というのが大前提なんです」


 それを聞いたミランは合点がいったというように、膝を叩いた。


「なるほど。そうしないと魔法ですべて解決してしまう……というわけか。トリックも、なにも、あったもんじゃない」


「そうなんですよ、分かって頂けましたか、ミラン殿下! この推理小説のルールはかの有名な『ノックの十か条』にも記されています。『第5条 主要人物として、魔力持ちを登場させてはならない』」


 エルドゥ王国内に限って言えば、魔力量の多寡には個人差があるが、魔力を持っている人間は、国民全体の3パーセントほどである。なので、推理小説内の主要人物が全員魔力を持っていなくても、何ら不思議はない。


「それなのに、この小説ときたら……」


 フェリシアは、白い頬を上気させて、ミランに顔を近づけた。このままソファに押し倒されそうな勢いだ、とミランは思った。


「ちょっと落ち着きなよ、フェリシア。君の怒りも分かるけどさ、そのノックなんとかも、そこまで厳密にルールを守ることを強要しているわけじゃないんだろう? そんなに、絶対のルールなの?」


「そういう、わけでは……」


 フェリシアは言葉に詰まり。唇を噛む。


「じゃあ、そういうトリックがあってもいいじゃない。君が納得いかなくても、ドンマイ! って感じで」


 ミランはわざとらしく明るく言った。しかしフェリシアはいつのも彼女らしくなく、ぐずぐず食い下がった。


「そうはいっても、この推理小説、800ページもあるんですよ? 800ページ中、780ページまでは、本当に面白かったのに……。いわゆるクローズドサークルで、設定はありふれていますが、謎が謎を呼ぶ展開に、随所に散りばめられた伏線、巧みな心理描写と、ページをめくる手が止まりませんでした。はやく犯人とそのトリックを知りたい、そう思って私は睡眠時間を削り、食事の時間を惜しんで読み進めました。それなのに、犯人は魔力持ちで、殺害方法は魔法で具現化したナイフで刺した、魔法だから刺した後は消して、証拠が残らなかった、なんて結末、納得できます?」


「ええっと……」


「この推理小説は最高傑作だと思ったのに……ひどい」


(すねてるフェリシアは、可愛いなあ)


 なんて言ったら怒られるので、ミランはひとつ咳ばらいをして、こう言った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る